「行かないわよ。私、女中の仕事が性に合っているみたい。楽しいの」


 満面の笑みを浮かべると、初子さんは眉根を寄せながらも小さくうなずく。

 この家では父の言うことが一番。そして次に母。
 ふたりに逆らうことは許されない。


 まつに本当の母について尋ねてみたものの、人気のある芸妓だったがすでに亡くなっているということしかわからなかった。

 それなら、ここで働くしかない。
 そう腹をくくっている。


「そう。でもね、素敵な女性には誰だってなれるのよ。だからこれはあやにあげるわ」


 初子さんは私の黒髪に収まったかんざしを見て、にっこり微笑んだ。



 尋常小学校を卒業したあとは、朝から晩まで髪を振り乱して働いた。


 それでも私は、少しも絶望なんてしていなかった。

 まつから実の母が舞の得意な美しい女性だと聞かされて、自分もいつかそうなりたいと思っていたからだ。