「はい。ありがとうございました」


 神明神社の近くで人力車を降り、深々と頭を下げる。


「ああ」
「それと……一生大切にします」


 懐中時計を握りしめて伝えると、彼は笑みを浮かべて口を開いた。


「きみは珍しいくらい奥ゆかしいご令嬢なんだね。こんな安物いらないと言われるかと思ったよ」
「まさか」


 女学校に通うお嬢さまたちは、そうなのだろうか。


「そんなに喜んでもらえると俺もうれしい。それに、短い間だったけど楽しかったよ。さて、時間がないので失礼する。出しなさい」


 車夫に声をかけた彼は、そのまま走り去った。


「あっ、名前もお聞きしなかったわ……」


 懐中時計を見つめ、ハッとする。もしかしてああやって叱って、この時計を受け取らざるを得ないようにしたのかしら。


 それにしても、どうしたんだろう。