「叔父上、どこに行くの」
あの日と同じように駆けてきて、杏衣は言った。季節は違うし、すっかり成長した杏衣はあどけないばかりだったあの頃とは違う。だけど、あの時を思い出さずにいられない。白い息を弾ませて、泣きそうな顔で俺を見た。
「何やってる」
雪の上で凍える杏衣に、俺は思わず強い声を出す。だが何かに突き動かされるように、杏衣は言った。
「叔父上、またいなくなるの」
あの日と同じように、俺の袖を引く。
「わたし、わたし、ずっと叔父上が帰ってくるの待ってたのに。わたしが余計なことを言ったから、帰ってこなかったの?」
両親を亡くした子供は、珍しいものじゃない。
それでも、つなげなくてはならない家を抱えて、自分ではどうにもならなくて、不安だったのだろう。当たり前だ。俺はいつも自分のことばかりで、兄を置き去りにし、小さな姪にまで不安にさせた。
「悪かった」
「どこにもいかないで」
「さすがの俺も、お前一人残して、出ていったりはしない」
杏衣の黒い髪に、細い肩に雪が降り続ける。杏衣は震えながら、あの日と変わらない、ひたむきな目で見上げてくる。
「良い嫁ぎ先なんていらない」
しがみつくように、抱きついてきた。
「どこにもいかないで」
暖かな小さな生き物を、俺はそっと抱きしめた。頼れる者のいない小さな少女。
何かに縛られるのは嫌いだった。家のことも何もかも、考えることもわずらわしかったから、逃げ出した。ただこの小さな姪だけが、俺をつなぎとめようとした。
「ああ」
逃げてもしがらみは追いかけてくる。
俺はきっと、もう二度とこのひたむきな目から逃げることはできないだろう。
「もうどこにも行かない」
終わり