身なりを整え、小ざっぱりとした俺を見て、杏衣は懐かしそうに目を和ませた。だが打ち解けた様子を見せたのは、その時だけだった。
二人で寝起きするようになって、数日が過ぎたが、かわした言葉など数えるほどだ。かいがいしく俺の身の回りの世話を焼いてくれるが、でしゃばらず、何よりろくにしゃべってくれない。
幼い頃はにこにことよく笑い、追いかけてきては肩車しろだの、駆けっこしようだのと騒いでいた記憶がある。俺の袖を握って着いて回っていた。
けれど五年たった今、うつむいて黙りこんで、にこりともしない。
姪と向かいあって膳を囲んでいると、妙な気分がする。なんだかこそばゆい。何を話せば良いものか分からず、俺は何気なしに口にした。
「いくつになった」
杏衣は俺を見上げて、すねたように口をとがらせた。
「十五」
なぜか分からないが機嫌を損ねたか。俺は頬をかく。杏衣も俺なんかと一緒に過ごすのは息が詰まるのかもしれない。
「お前が婿を取って、家を継がせるものだと思っていたんだがなあ」
一人娘をかわいがっていた兄が、家や後のことを考えなかったとは思えない。しかし杏衣には許嫁のようなものもいなかったという。追いだしたような格好になってしまった弟のことがはばかられたのか。馬鹿馬鹿しいことだ。
「俺と二人で家にいても外聞も悪かろう。良い嫁ぎ先を見つけねば」
「家督が継げるようになったら、わたしが邪魔になったの」
箸を置いて、唐突に杏衣は言った。
「叔父上なんか大嫌い」
苦い記憶を掘り返す言葉だった。
がらんとした家でも、杏衣の張り詰めた様子は、少しばかり息が詰まった。
夜半に家を抜けだして、灰雪の中、田んぼのあぜ道をそぞろ歩く。しずかに降り続いた雪は積もったようで、あたりを雪明かりがほのかに照らしている。
「叔父上!」
思いもよらない声がして、振り返る。白い道を、若い娘が頬と鼻を赤くして、駆けてくる。よほど慌てたのか、裸足のまま、寝巻の上に何も羽織っていない。
五年前の夏を思い出す。夜半過ぎにこっそりと抜けだした俺を、あの日も裸足で追いかけてきた。
「おじうえ、どこに行くの」
声に振り返れば、満天の星の元、田のあぜ道を蛍が舞い、只中を杏衣が駆けてきた。
「わたしと夫婦になれば、おうちにいられるんでしょう。おじうえが嫁をとらないのは、わたしのこと待ってくれてるんだと思ってたのに。どこに行ってしまうの」
戻らないつもりなのを見透かされた。小さな手で俺の袖を引き、見上げてくる子供の目に、俺はひるんでしまった。ひたむきな目は、俺には毒だった。
「俺がいると兄上の邪魔になるから」
「わたしがきらいなの」
「そうじゃない。俺はひとりで勝手にやるのが好きなんだ」
杏衣は声を詰まらせる。そして、言葉を投げつけた。
――おじうえなんか大っきらい。
身勝手な俺には、父や兄のどんな言葉よりも、突き刺さった。