夢原の言葉はもちろん私の胸に届いた。
 だから私は今、ここにいる。

 だが、新城の言葉のほうが胸に刺さった。

 私も、咲乃と出会ったことを忘れなくてもいいのだ。

「夢原にちょっと聞いたけど、咲乃以外の人をどう大切にすればいいのか、わからないんだって?」

 一体、どこまで話したのだろう。
 気になったが、今はそれを聞くときではない。

 あと少し、新城の話を聞けば、救われるような気がした。

「見方を変えてみたらどうだ? 圭たちは咲乃が残してくれた繋がり。そう思うと、大切にできそうじゃないか?」

 やはり聞いてよかった。

 咲乃が残してくれた繋がり。たしかに、咲乃のことがなければ、新城、藤、井田、夢原の四人には出会わなかった。

 そうか。だから、暗闇の夢から咲乃が消えたのに、あの世界が光に包まれたのか。

 ずっと前にわかっていたはずなのに、私は気付けなかったらしい。

「ありがとう、新城。なんだか心が軽くなった気がするよ」

 新城は微笑むだけで、なにも言わなかった。

「やっと来た」

 学校に着き、教室に入ると、夢原が待ちくたびれた顔をして廊下側の一番後ろに座っていた。

 遅刻をしたわけではないが、待たせてしまったことに対して、とりあえず謝る。
 だが、夢原は私の頭の先からつま先まで舐めるように見てきた。

「井田、ネクタイ持ってない?」

 夢原は前に座っていた井田に話しかけた。

「あるけど、どうして?」

 井田はカバンからネクタイを取り出しながら聞くが、夢原は説明せずに取り上げた。
 それから私の胸元のリボンを取る。

「前から思ってたんだけど、玲にリボンは似合ってないのよね」

 そのままネクタイまで結んでくれた。

 ブラウスの一番上のボタンを開け、ネクタイは少し緩める。

 完成した私を見て、夢原は満足そうにした。

「やっぱり、かっこいい系だと思った」
「和多瀬ちゃん、素敵だよ。でも僕は、純恋ちゃんが和多瀬ちゃんの名前を呼んだことのほうが気になる」

 逆に、井田は不満そうだ。

 そういえば、井田には名前呼びをしないでくれと言った覚えがある。

 夢原は井田を挑発するように、私を抱き締めてきた。

「私と玲は、仲良くなったから」
「ずるい、僕も下の名前で呼びたい」

 この駄々をこねるようなところを見ると、からかいたくなる気持ちもわかる。

「悪いな、井田。私は仲良くするなら、可愛い女子のほうがいい」

 夢原が勝ち誇った顔を向ける。

「咲乃ちゃんも可愛かったもんなあ。和多瀬ちゃんは可愛い子が好きなんだね」

 他人にそう分析されると恥ずかしいが、井田の発言に反応したのは、私ではなかった。

「待て、圭。お前、咲乃のことそんなふうに思ってたのか」
「冬夜も可愛らしいって言ってたよ」
「冬夜も……?」
「見た目の話だ。あんな面倒な奴、こっちから願い下げだ」
「なんだよその言い草。咲乃はいい子だったよ」

 三人の会話のテンポは漫才のようによくて、思わず笑ってしまった。

 ここに咲乃がいたら、もっと楽しかったのだろう。

 普通なら、そう思うことで悲しくなるのだろうが、不思議とそういう気持ちにはならなかった。

 きっと、新城の言葉のおかげだと思う。

 私は、咲乃のことを忘れない。
 今後、どれだけ私の世界が広がっても、咲乃のことを思い出す。

 これが、咲乃がいない世界で生きるための方法だと思うから。