でも、それではいけないのだ。

 瑞歩さんにも宏太朗さんにも、なにがあったのか、ちゃんと知っておいてほしい。いや、二人は知っておくべきだ。

 そしてあわよくば、少しでも新城のことを認めてほしい。

 だから私は、どれだけ苦しくなっても、すべてを話さなければならない。

「あの日、佑真と咲乃は歩道橋の階段で口論になったそうだ。そのとき、佑真が落ちそうになったのを、咲乃が助けた。でも逆に、咲乃がバランスを崩して、階段から落ちてしまった。これが、実際に起きたことだ」

 瑞歩さんは静かに涙を落とした。瑞歩さん自身が泣いていることに気付いていないくらい、それは自然に落ちた。

 瑞歩さんに次の質問をされるまで、私はなにも言わなかった。
 瑞歩さんのためにできることが、この沈黙の時間を作ることしかなかった。

「佑真君は、咲乃と仲がよかったわけじゃないんだね」

 それについては、はっきり言えなかった。

 私が咲乃に執着するようになったこと、新城と付き合っても別れようとしないこと。
 主にこの二つの理由で、佑真が咲乃に対していい感情を抱いていなかったことはわかっている。

 だが、自分の娘が嫌われていたと、誰が言えるのだろうか。

「……私の、せいなのだ」

 結局、言えることはそれしかなかった。

「和多瀬のせいだけではありません。俺のせいでもあるんです」

 私たちは揃って頭を下げる。

 当然、瑞歩さんを混乱させてしまった。

「待って、話が見えない。どうして急に二人のせいになったの? 咲乃と佑真君が喧嘩をしたのが原因なんでしょ?」

 すべてを話すつもりでいたのに、急に怖気付いたのだ。

 佑真のせいだから、新城を恨まないでほしい。
 それを伝えることしか考えていなかった。

 すべてを話すということは、咲乃が人を嫌い、人に嫌われた話もしなければならない。
 私はそれに、気付けなかったのだ。

「瑞歩、見かけない靴があったけど、お客さん?」

 最悪なタイミングで、宏太朗さんが帰ってきてしまった。
 もう少し遅いかと思っていたが、ゆっくり話しすぎたらしい。

 宏太朗さんは新城を見ると、憎しみを新城に向けた。

「どうしてお前がここにいる? 二度と来るなと言ったはずだ。それなのに、なんでお前が」
「新城は悪くないのだ」

 感情がヒートアップしていく宏太朗さんの声をかき消すように、必死に声を張り上げた。
 宏太朗さんは私を睨む。

「なぜ庇うんだ。こいつのせいで、咲乃は死んだのに」

 怖い。泣きそうだ。どうして私が、新城のためにこんなに怖い思いをしなければならないのだ。

『好きな人が親に恨まれてて、平気な人なんていないから』

 夢原はそう言った。
 これは、新城のためではない。咲乃のためだ。

 そう思うと、不思議と怖くなくなった。

「新城のせいではないのだ」
「玲ちゃんも、あれは事故だったとでも言うのか?」
「佑真君のせいなんだって」

 私が言いにくいことを、瑞歩さんが言った。

「佑真って、玲ちゃんの幼なじみの?」

 宏太朗さんに確認され、頷く。宏太朗さんは戸惑いの表情を見せた。

「どうして、そんな」
「詳しい話を聞こうとしたときに、貴方が帰ってきたの。ちょうどいいから、一緒に聞きましょう」

 瑞歩さんに言われ、宏太朗さんは瑞歩さんの隣に座った。

 もう逃げられない。そう思った。

「二人は、咲乃が好きな人といることを反対してきた人間を嫌うということは知っていたか?」
「もちろん。それが原因でこの街に引っ越してきたもの」

 どうやら私の取り越し苦労だったらしい。
 それがわかっているのなら、話は早い。

「佑真は、咲乃と新城が付き合うことを反対していた。それをきっかけに、二人の仲は悪くなっていたらしい。佑真は何度か別れるように言ったが咲乃は聞かず、あの日、口論になった。佑真は先に階段を上った咲乃の手を掴んだが、咲乃がそれを振り払ったことで、佑真はバランスを崩した。だが、佑真は咲乃に助けられた。そして逆に、咲乃が落ちた」

 つい先程、瑞歩さんに話したときよりも詳しく言った。

 一気に言い切った。どこがで止まると、話すのを躊躇ってしまうと思ったからだ。

「咲乃は結局、学習しなかったんだね」

 瑞歩さんは呆れたように呟いた。

「玲ちゃんも新城さんも、佑真君も悪くない。一番悪いのは、咲乃だよ」
「そんなことはない」

 咲乃が悪いわけがないのだ。

「私は、二人の仲が悪くなっていたことに気付けなかった。私がちゃんと咲乃と佑真を見ていれば、今回のことは起きなかったかもしれない」
「俺が喧嘩ばっかりやっていたから、和多瀬の幼なじみは、和多瀬まで危険に巻き込まれるのではないかと思っていたんです。俺がそんなことをしていなかったら、和多瀬の幼なじみが俺たちのことを反対したりしなかった」

 私も新城も、咲乃が悪いとは思えなかった。
 そして、すべて佑真のせいだとも思えなかった。