「白雪さんちの娘さん、亡くなったんだってね」
父さんは具材を切っている最中、躊躇いながら、でもはっきりと言った。
「玲が今日体調を崩したのは、それが関係している?」
父さんにはなにも話していないから、知りたくなる気持ちもわからないことはない。
なにより、研究者は知らないこと、気になることを突き詰めるところがある。聞いてこないほうが変な話なのだ。
「まあ、そんなところだな」
しかし私は説明しなかった。
またあの話をすれば気分が落ちると思ったのもあるが、一から説明するのは面倒だと思ったのが一番の理由だ。
「そうか」
私の気持ちを汲み取ったつもりでいるのか、父さんは申し訳なさそうにする。
そんな顔をされると、悪いことをした気分になるが、ここは勘違いしておいてもらったほうがよさそうだ。
そのうち美味しそうな音が聞こえ、食欲をそそる匂いがした。
あっという間にチャーハンは完成し、私の前に皿が置かれる。
「いただきます」
スプーンを手にし、一口含む。
さすが父さん、絶品だ。
「玲、無理だけはするなよ」
そのまま食べ進めようとしたら、変なことを言われた。
「なにがだ?」
私がそう言うのは妥当なはずだが、父さんは笑って誤魔化した。
「父親ってのは、いつだって、バカみたいに娘のことが大切で、心配だってことだよ」
私の頭を数回叩いて、台所に片付けをしに行った。
ずっと話が見えていないままだが、私は今のセリフで宏太朗さんのことを思い出した。
宏太朗さんは、かなり新城のことを恨んでいた。
それは、新城が咲乃の死に関係していると思っているからだ。
誰かを恨んだり疑ったりすることは、誰も信じられなくなる道への一歩だと思う。
なにより、新城のことを恨み続けていたら、咲乃が悲しむだろう。
ちゃんと、説明してわかってもらいたい。
新城も連れて、宏太朗さんに話に行かなければ。
私はよくわからない使命感に駆られていた。
父さんのチャーハンを食べ終えると、制服に着替えて学校に向かう。
新城に連絡先を聞いていたら、こんな面倒なことはしなくてもよかったのにと思いながら、マイペースに歩き進めた。
気付けば冬の姿などどこにもなく、春の終わりも見えていた。
美しい桜はほとんど散り、桃色から緑色へと変わりつつあった。
心地よい風も、吹いているのかどうかわからないレベルだ。
嫌でも時の流れを感じる。
咲乃がいなくても、私が生きている時間は動いている。
今まではその事実に胸が引き裂かれそうになっていたが、不思議と落ち着いていた。
なにもできなくなると思っていた。
すべてに興味を失って、生きること自体が嫌になると思っていた。
それなのに、私は今、自分の足で立って歩いている。
自分のことでもわからないことはあるらしい。
「昼から登校って、自由すぎないか」
学校に着いたとき、ちょうど昼休みだったようで、新城が呆れた表情で言ってきた。
「私は、昨日の今日で、まともに登校できるほうがおかしいと思うけどな」
自分で言っておきながら、新城が私と同じように落ち込み、休んでいる可能性を考えていなかったことに気付いた。
新城なら、私よりも休む可能性が高いだろうに、一ミリも考えなかった。
「どうして新城は登校できた?」
「朝から夢原が家に来た」
それ以上は聞かないでもわかった。
夢原は今、遠くから私たちのことを見ている。邪魔をしないのは、気遣ってくれているからだろう。
「新城、今日の放課後、咲乃の家に行かないか?」
唐突な提案に、新城は目を丸めた。
そして、視線を落とした。
「俺は、行かない」
「なぜだ。どうせ新城も葬式に参加していないのだろう? 咲乃に別れを言いに行かないのか?」
新城が行かないと言う理由をわかっていながらそう言うのは、狡いだろうか。
だが、新城を困らせてしまうとわかっていても、私はわがままを押し通させてもらう。
「宏太朗さん……咲乃の父親には、すべてを話すつもりだ。新城は悪くないと伝える。だから、行かないか?」
「言うな」
新城は低い声で言い、私を睨みつけた。
新城の鋭い目には、いまだに体がすくんでしまう。
私には、どうして新城が止めるのかわからなかった。
私が怯えていることに気付き、新城は目線を逸らした。
「自分の知り合いのせいより、知らない奴のせいのほうが、恨みやすいだろ。咲乃の父親が誰かを恨むことで楽になれるんだったら、俺は、喜んで恨まれ役を買う」
新城の頬を叩いたのは、夢原だった。
急な登場に、私も新城も驚く。新城に至っては、どうして平手打ちされたのかと、混乱している。
「隼人のバカ。好きな人が親に恨まれてて、平気な人なんていないから」
邪魔をしていなかっただけで、こっそり話を聞いていたらしい。
夢原は、咲乃の立場で考えられる。
だからこそ、新城にその言葉が刺さったように見える。
「ちゃんと、白雪咲乃にお別れ、言ってきて。いい?」
考えを改めたのか、夢原の勢いに圧倒されたのかわからないが、新城は首を縦に振ってくれた。
父さんは具材を切っている最中、躊躇いながら、でもはっきりと言った。
「玲が今日体調を崩したのは、それが関係している?」
父さんにはなにも話していないから、知りたくなる気持ちもわからないことはない。
なにより、研究者は知らないこと、気になることを突き詰めるところがある。聞いてこないほうが変な話なのだ。
「まあ、そんなところだな」
しかし私は説明しなかった。
またあの話をすれば気分が落ちると思ったのもあるが、一から説明するのは面倒だと思ったのが一番の理由だ。
「そうか」
私の気持ちを汲み取ったつもりでいるのか、父さんは申し訳なさそうにする。
そんな顔をされると、悪いことをした気分になるが、ここは勘違いしておいてもらったほうがよさそうだ。
そのうち美味しそうな音が聞こえ、食欲をそそる匂いがした。
あっという間にチャーハンは完成し、私の前に皿が置かれる。
「いただきます」
スプーンを手にし、一口含む。
さすが父さん、絶品だ。
「玲、無理だけはするなよ」
そのまま食べ進めようとしたら、変なことを言われた。
「なにがだ?」
私がそう言うのは妥当なはずだが、父さんは笑って誤魔化した。
「父親ってのは、いつだって、バカみたいに娘のことが大切で、心配だってことだよ」
私の頭を数回叩いて、台所に片付けをしに行った。
ずっと話が見えていないままだが、私は今のセリフで宏太朗さんのことを思い出した。
宏太朗さんは、かなり新城のことを恨んでいた。
それは、新城が咲乃の死に関係していると思っているからだ。
誰かを恨んだり疑ったりすることは、誰も信じられなくなる道への一歩だと思う。
なにより、新城のことを恨み続けていたら、咲乃が悲しむだろう。
ちゃんと、説明してわかってもらいたい。
新城も連れて、宏太朗さんに話に行かなければ。
私はよくわからない使命感に駆られていた。
父さんのチャーハンを食べ終えると、制服に着替えて学校に向かう。
新城に連絡先を聞いていたら、こんな面倒なことはしなくてもよかったのにと思いながら、マイペースに歩き進めた。
気付けば冬の姿などどこにもなく、春の終わりも見えていた。
美しい桜はほとんど散り、桃色から緑色へと変わりつつあった。
心地よい風も、吹いているのかどうかわからないレベルだ。
嫌でも時の流れを感じる。
咲乃がいなくても、私が生きている時間は動いている。
今まではその事実に胸が引き裂かれそうになっていたが、不思議と落ち着いていた。
なにもできなくなると思っていた。
すべてに興味を失って、生きること自体が嫌になると思っていた。
それなのに、私は今、自分の足で立って歩いている。
自分のことでもわからないことはあるらしい。
「昼から登校って、自由すぎないか」
学校に着いたとき、ちょうど昼休みだったようで、新城が呆れた表情で言ってきた。
「私は、昨日の今日で、まともに登校できるほうがおかしいと思うけどな」
自分で言っておきながら、新城が私と同じように落ち込み、休んでいる可能性を考えていなかったことに気付いた。
新城なら、私よりも休む可能性が高いだろうに、一ミリも考えなかった。
「どうして新城は登校できた?」
「朝から夢原が家に来た」
それ以上は聞かないでもわかった。
夢原は今、遠くから私たちのことを見ている。邪魔をしないのは、気遣ってくれているからだろう。
「新城、今日の放課後、咲乃の家に行かないか?」
唐突な提案に、新城は目を丸めた。
そして、視線を落とした。
「俺は、行かない」
「なぜだ。どうせ新城も葬式に参加していないのだろう? 咲乃に別れを言いに行かないのか?」
新城が行かないと言う理由をわかっていながらそう言うのは、狡いだろうか。
だが、新城を困らせてしまうとわかっていても、私はわがままを押し通させてもらう。
「宏太朗さん……咲乃の父親には、すべてを話すつもりだ。新城は悪くないと伝える。だから、行かないか?」
「言うな」
新城は低い声で言い、私を睨みつけた。
新城の鋭い目には、いまだに体がすくんでしまう。
私には、どうして新城が止めるのかわからなかった。
私が怯えていることに気付き、新城は目線を逸らした。
「自分の知り合いのせいより、知らない奴のせいのほうが、恨みやすいだろ。咲乃の父親が誰かを恨むことで楽になれるんだったら、俺は、喜んで恨まれ役を買う」
新城の頬を叩いたのは、夢原だった。
急な登場に、私も新城も驚く。新城に至っては、どうして平手打ちされたのかと、混乱している。
「隼人のバカ。好きな人が親に恨まれてて、平気な人なんていないから」
邪魔をしていなかっただけで、こっそり話を聞いていたらしい。
夢原は、咲乃の立場で考えられる。
だからこそ、新城にその言葉が刺さったように見える。
「ちゃんと、白雪咲乃にお別れ、言ってきて。いい?」
考えを改めたのか、夢原の勢いに圧倒されたのかわからないが、新城は首を縦に振ってくれた。