「玲ちゃんの公立受験のときだって、咲乃ちゃんは応援してくれるよ。ね?」

 私が機嫌を損ねた理由がわかったらしく、佑真は変な気を使って言った。

「もちろん」

 咲乃は私の目を見て即答した。
 胸の前で両手を握っている咲乃の頭に、手を置く。

「ありがとう」

 咲乃が嬉しそうに口角を上げ、私はそっと手を下ろす。

「咲乃は、学年末試験があるだろう? 勉強は順調か?」

 わかりやすく目線が動いた。目が合わない。
 なにか不安点があるのだろうか。

「私でよければ教えるが?」

 そう提案すると、行方不明になっていた咲乃の視線が私のもとに戻って来た。
 喜ばれると思ったが、どうやらそうではないらしい。

「ダメだよ。そんなことしたら玲ちゃんの邪魔になっちゃう」

 咲乃らしい理由だ。

「復習にもなるし、名案だと思ったのだが」

 咲乃は言葉を詰まらせる。
 それほど悩ませることを言っただろうかと思うが、やはりやめておこう、とは言いたくなかった。

「玲ちゃん、咲乃ちゃんを困らせるようなことは言わないの」

 見兼ねた佑真が横から口を挟んでくるが、正直右から左に流れていった。

「咲乃が嫌なら、やらない」

 相当悩んでいるのか、咲乃は視線を落とした。目が伏せられたことで、長いまつげが顕わになる。

 この表情 をもっと見ていたい。そのためには、さらに悩ませたらいいのだろうかなどと思っていたら、ゆっくりと瞼が動き、大きな瞳が私を捉えた。

「玲ちゃんと勉強したい、な」

 まだ私の邪魔になると思っているからか、咲乃の声は小さかった。
 それを吹き飛ばすつもりで咲乃の頭を撫でる。

「ぼ、僕も一緒に勉強したい」

 仲間外れにされたことが気に入らなかったのか、佑真が邪魔をするかのように言ってきた。
 私は足を止め、咲乃を私たちの間に引っ張ってきて後ろから抱きしめると、佑真を睨んだ。

「私は咲乃と二人で勉強会をしたいのだが」

 佑真は言い返そうと口を開いたが、それは音にならずに下唇を噛んだ。

「玲ちゃん、どうして意地悪言うの?」

 私の腕の中で咲乃は振り向き、首を傾げた。
 それに加えて上目遣いで見られると、そんなつもりはないが、悪いことをしているような気分になってくる。

 咲乃の純粋な瞳に耐えられなくなり、私は腕を緩めた。
 そして逃げるように足を進める。

「邪魔はしてくれるなよ」

 すると咲乃は私の腕に飛びついた。

「やっぱり玲ちゃんは優しいね」

 咲乃の向日葵のような明るい笑顔を見ると、一ミリも気が進まないが、言ってよかったと思えた。

 それから無駄話をしていたら、あっという間に学校に着いてしまった。
 咲乃だけ学年が違うため、昇降口で別れる。

「玲ちゃん、あんなに咲乃ちゃんを困らせてたら、嫌われるんじゃないかな」

 隣で上履きに履き替えながら、とんでもないことを言ってくれる。
 私の下駄箱は下のほうにあり、かがんでいたからそのまま見上げる。

 佑真は私から視線を逸らすが、その横顔はどこか気まずそうな表情に見えた。

 睨んではいないと思う。
 ただ純粋に、どうしてそんなことを言うのか不思議でならなかったから、見ていたにすぎない。

 上履きを床に置くと、立ち上がってそれに足を入れる。

「咲乃はそんなことで人を嫌ったりしないさ」
「咲乃ちゃんのこと、信じてるんだね」

 信じているとは少し違うと思う。
 あれだけ優しい子が、誰かを嫌ったり蔑んだりするとは思えないだけだ。

 しかしそれに甘えて咲乃を困らせ続けるのは、間違いなくいいことではないが。

「どうしてそんなに咲乃ちゃんに構うの?」

 すたすたと廊下を歩き、階段に向かっていたら、佑真は小走りで追いかけてきた。

 私としては、どうして佑真がそんな質問をしてくるのかがわからない。

「好きだから以外にあるか」

 好きでなければ、構いたいなどとは思わないだろう。少し考えればわかるはずだ。

「僕のことは?」

 佑真は遠慮気味に聞いてきた。

 さっきから、よくわからない質問をしてくるな。

「お前も大切な人に決まっているだろう?」

 なにを当たり前のことを、と言わんばかりに答えると、佑真は胸をなでおろした。

「じゃあ、また放課後」

 先に佑真の教室に着き、佑真は笑顔で中に入っていった。



 放課後になると、私は今朝の反省をまるで忘れ、一番に教室を出て咲乃を迎えに行った。

「玲ちゃん」

 私を見つけた咲乃は、大きく手を振った。
 それからカバンを持つと、おろした髪の毛を揺らしながら私の元にやって来た。

 満面の笑みで、思わず抱きしめたくなっしまう。

「今日も早いね」
「咲乃と勉強会をする約束をしたからな」

 今朝、提案したときは申しわけなさそうにしていたというのに、今は楽しそうだ。

 咲乃と合流できたため、昇降口に向かおうとするが、咲乃は動かず、辺りを見回している。

「誰かを探しているのか?」
「玲ちゃん……それ、わざと?」

 少し考え、佑真も勉強会に参加したいと言っていたことを思い出した。そして、自分でそれを許可したことも。

「まあ、うちでやっていれば勝手に来るだろう」

 実際、朝から人の家にいるような奴だ。
 なんで置いて帰ったのか、と文句を言いに来るくらいするだろう。

「いいのかなあ……」
「幼なじみの私がいいって言うんだ。さあ、帰ろう」

 いまいち納得していない咲乃の背中を押し、私たちは学校を出た。