咲乃は動揺を隠せていなかった。
 言葉に困り、目を泳がせ、そして泣いた。

「ごめんなさい、玲ちゃん……」

 薄々そうだろうとは思っていたが、咲乃が謝っていたのは、佑真のことだったらしい。

「どうして咲乃が謝る。謝るなら、私のほうだ」

 やっと言えたというのに、咲乃は首を横に振って否定してきた。
 私のことだから、否定されてしまうと、さらにそれを否定したくなる。

「私が、玲ちゃんか新城さん、どちらかを選べなかったから」

 それが佑真を怒らせる原因になっていたとしても、やはり咲乃が謝ることではなかった。

 私が異常だっただけで、大切な人を一人にする必要はないのだ。

「誰か一人を優先的に大切にするよりも、自分が大切にしたいと思う人を大切にできるほうが、私は素敵だと思う」

 私がそう言ったことで、咲乃は安心したのか、涙を零した。

「玲ちゃん、先輩と仲良くできなくて、ごめんね」
「気にするな。咲乃の性格はよくわかったから」

 それに、真実を知った今、私だって佑真と仲良くできない。
 咲乃のことをとやかく言える立場にいないのだ。

「誰かを嫌ってる私のこと、知られたくなかったのになあ」

 咲乃は苦笑した。

「私は咲乃のすべてを知りたかったから、知れてよかったけどな」

 それでも嫌だったのか、咲乃はふてくされてしまった。

「そういえば、どうして瑞歩さんたちに、自分で転んだと言ったのだ? 佑真とのことを言えばよかっただろうに」
「言えないよ。言えるわけない」

 咲乃はまた切なそうな目をする。

「先輩のことを嫌っていたのは私だけだったし、先輩のせいで階段から落ちたって玲ちゃんが知ったら、悲しむと思ったから」

 ずっと私のことを考えてくれていたのだと思うと嬉しいが、そのせいで新城が宏太朗さんに恨まれることになったと思うと、つらかった。

「それと、瑞歩さんは私のことばかり話してくれたが、新城のことは言っていなかったのか?」

『玲ちゃんには秘密にしておいてって言われたの』
『自分で秘密にしててって言ったのに、玲ちゃんに会いたいって言ってたよ』

 瑞歩さんの口から出てくるのは、すべて私の名前だった。

 私と新城が選べなかったというのに、妙だと思った。

「それはほら、お母さんに恋人の話するのって、なんだか照れるから」
「ということは、あのとき会いたかったのは私だけではないな?」

 咲乃は誤魔化すように笑う。

 そんな可愛い笑顔を見せられると、許してしまうではないか。

「玲ちゃんともっと一緒にいたかったし、新城さんのお友達とも仲良くなりたかったけど、もうできない」

 その先を聞いてはならない気がした。

 言わないでくれ。

 そう言いたかったのに、咲乃の雰囲気が言わせてくれなかった。

「玲ちゃん、最後のお別れだよ」

 嫌だ、まだ話していたい、行かないでくれ。

 それは涙が溢れて、言葉にならない。
 子供が駄々をこねるように、首を左右に振るしかできない。

「聞いて、玲ちゃん」

 真剣な声で、私は咲乃の目を見た。
 咲乃も泣きそうになっている。

「この街に来て、玲ちゃんと出会って、すごく楽しかった。玲ちゃんがいなかったら、今の私はいない。だから玲ちゃん、私を見つけてくれてありがとう」

 とても話せる状態ではなかったから、咲乃を抱き締めた。

 お願いだ、最後だから咲乃と話させてくれ。

「私のほうこそ、咲乃と出会えて嬉しかった。幸せだった」

 その願いは簡単に叶い、さっきまで泣いていたとは思えないくらい、流暢に話せた。

「大好きだよ、咲乃」
「私も、玲ちゃんのこと大好き」

 明るい声で言うと、咲乃は私から離れた。
 そして大きく手を振る。

「バイバイ、玲ちゃん」

 私の大好きな笑顔で、元気に咲乃は消えてしまった。

 咲乃がいない世界。
 今まではすぐに暗闇に包まれたというのに、今回は私がいる場所を中心として、光が広がっていった。

 私の世界が輝いていく。
 どんな希望が託されたのかはわからない。それでも、私の世界に光はあるのだと、咲乃が教えてくれたような気がした。



 目が覚めると、昼を過ぎていた。

 学校があるというのに、母さんは起こしてくれなかったらしい。

 まあ、昨日の今日だから、こうなるだろうとは思っていた。

 昨日、私は泣きながら、母さんにすべてを話した。母さんは終始黙っていた。

 わかりにくい部分もあっただろうに、母さんは最後に抱き締めて、「話してくれてありがとう。つらかったね」と言ってくれた。
 それを聞いて、私はさらに泣いた。

 そこまでの記憶はあるということは、私は泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
 だから今日、起こさないでいてくれたのは、母さんなりの気遣いなのだと思う。

 ベッドから降りてカーテンを開けると、暖かい光が部屋の中に入ってきた。
 今日はいい天気らしい。

 青空を見ていたら、お腹が鳴った。
 ほぼ半日食べていないから、そうなるだろうと思いながら、一階に降りる。

「玲、体調は大丈夫か?」

 すると、予想外の人物がリビングでくつろいでいた。

「父さん、帰っていたのか」
「昨日、仕事が片付いてね。今朝帰ってきたんだ」
「研究職も大変だな」

 そんなことを言いながら食卓を見ると、なにもなかった。
 相手は母さんなのだ。料理があったほうが驚きだ。

「お腹が空いたのか。なにか作るよ。なにがいい?」
「チャーハン」

 父さんが作る料理はどれも美味しいから、なんでもいいと答えてもよかったのだが、今はパラパラなチャーハンを食べたい気分だった。