咲乃ちゃんのその言葉で、僕は間違ったことをしていたんだって気付いた。
僕がしていたことは、結局玲ちゃんを傷つけてしまうことなんだって、そのときわかった。
「……ごめん」
「なにが」
なかなか引き上げることができないからか、咲乃ちゃんの声色に苛立ちが見える。
僕が手すりを掴んで立ち上がればよかったんだろうけど、運悪く咲乃ちゃんが掴んだのが僕の左手だったから、咲乃ちゃんの力に頼るしかなかった。
「酷いこと言って、ごめん」
咲乃ちゃんは複雑そうに僕を見た。
「先輩がなにを言っても、私はもう先輩とは仲良くしない」
そう言いながらも、咲乃ちゃんは絶対に僕の手を離さなかった。
僕は本当に愚かだったのだと思い知らされる。
それから咲乃ちゃんに引き上げてもらったけど、その反動で咲乃ちゃんがバランスを崩した。
僕だって玲ちゃんの悲しむ姿を見たくなかったから、咲乃ちゃんを助けようと手を伸ばした。
でも、掴めなかった。僕の手は空を掴んだ。
そしてそのまま、咲乃ちゃんは、階段を転がり落ちてしまった。
◆
なにも言えなかった。
ただ泣くことしかできなかった。
私の想像なんて、可愛いものだった。
実際には私が想像できないほどの思いと、出来事があった。
私のせいで佑真も咲乃も苦しめていたとは。
その事実に打ちのめされる。
「咲乃が落ちたのを見て、お前はなにをした?」
私が話せない代わりに新城が話を進めてくれるが、新城も鼻声だった。
「……なにもしなかった」
耳を疑った。
声が小さかったから、きっと聞き間違えたのだろう。
この期に及んで、私はまだそんなことを思っていた。
「僕のせいで、咲乃ちゃんは階段から落ちた。このことを知られるのが怖くて、僕はその場から逃げ出した」
それを聞いた途端、新城は立ち上がって佑真の胸ぐらを掴んだ。
だが、振り上げた拳は私が止めた。
鋭い瞳からは、綺麗な涙が落ちている。
「なんで止めるんだよ。こいつのせいで、咲乃は」
「今は落ち着いてくれ、新城。頼む」
新城は納得いかない表情を浮かべながらも、席に着いてくれた。私も一緒に座り直す。
私だって、腹が立つ。
嘘だと思いたかった。
でも、本人の口から語られている以上、それは事実でしかなかった。
「なあ、佑真。どうして、言ってくれなかった?」
私に話すタイミングはいくらでもあったはずだ。それなのに、佑真は黙っていた。
それどころか、私が咲乃の最期を調べることを反対していた。
「玲ちゃんに嫌われたくなかったから」
咲乃とのやり取りがあっても、佑真のその考えは変わらなかったらしい。
佑真は結局、自分のことしか考えていない。
反対してきたのもきっと、この事実を知られたくなかったからなのだろう。私のことを心配していたからではなかった。
息をすべて吐ききり、佑真をまっすぐ見つめる。
「私は、お前を軽蔑するよ」
佑真は泣きそうになっているが、そんなものは知らない。
私は立ち上がり、佑真を見下ろす。
「もう二度と、私の前に現れないでくれ」
それだけを言うと、新城を連れて佑真の家を出た。
まだ雨が降っていたが、傘を差すより先に、新城は私の腕を振り払った。
「なんで止めたんだよ。一発殴ってやらないと」
雨の音で聞こえにくくても、新城のつらそうな声に、胸を締め付けられる。
「悪かった」
新城の言い分もわかるから、すべてを聞く前に頭を下げた。
「お前が佑真を許せないように、私だって許せない。だが、元を辿れば私のせいなのだ。私がちゃんと佑真を見ていなかったから、こんなことになった。だから、気が済むまで私を殴ってくれ」
新城は泣きそうな顔をしていた。雨が容赦なく降りつけるから、大粒の涙を流しているように見えてしまう。
「和多瀬だけのせいじゃない。俺がちゃんとしてなかったから、あいつは俺と付き合うことを反対してた。だから、俺のせいでもあるんだ」
互いに苦しかった。
大切な人がいなくなった原因が自分にあるとわかってしまうと、誰だって苦しい。
だから誰かのせいにして、楽になりたくなる。
でも、私も新城もそれをしなかった。
ここでそれをしてしまうと、咲乃から目を背けたことになる。それだけは、嫌だった。
雨に紛れて涙を落とし続ける。
私がもっと、周りに興味を持っていれば。
もっと、佑真のことを大切にしていれば。
もっと、咲乃のことを見ていれば。
私の小さな変化で変えられたかもしれない、最悪な出来事。
どれだけ後悔したって遅いのに、雨の中、私たちはひたすら後悔していた。
僕がしていたことは、結局玲ちゃんを傷つけてしまうことなんだって、そのときわかった。
「……ごめん」
「なにが」
なかなか引き上げることができないからか、咲乃ちゃんの声色に苛立ちが見える。
僕が手すりを掴んで立ち上がればよかったんだろうけど、運悪く咲乃ちゃんが掴んだのが僕の左手だったから、咲乃ちゃんの力に頼るしかなかった。
「酷いこと言って、ごめん」
咲乃ちゃんは複雑そうに僕を見た。
「先輩がなにを言っても、私はもう先輩とは仲良くしない」
そう言いながらも、咲乃ちゃんは絶対に僕の手を離さなかった。
僕は本当に愚かだったのだと思い知らされる。
それから咲乃ちゃんに引き上げてもらったけど、その反動で咲乃ちゃんがバランスを崩した。
僕だって玲ちゃんの悲しむ姿を見たくなかったから、咲乃ちゃんを助けようと手を伸ばした。
でも、掴めなかった。僕の手は空を掴んだ。
そしてそのまま、咲乃ちゃんは、階段を転がり落ちてしまった。
◆
なにも言えなかった。
ただ泣くことしかできなかった。
私の想像なんて、可愛いものだった。
実際には私が想像できないほどの思いと、出来事があった。
私のせいで佑真も咲乃も苦しめていたとは。
その事実に打ちのめされる。
「咲乃が落ちたのを見て、お前はなにをした?」
私が話せない代わりに新城が話を進めてくれるが、新城も鼻声だった。
「……なにもしなかった」
耳を疑った。
声が小さかったから、きっと聞き間違えたのだろう。
この期に及んで、私はまだそんなことを思っていた。
「僕のせいで、咲乃ちゃんは階段から落ちた。このことを知られるのが怖くて、僕はその場から逃げ出した」
それを聞いた途端、新城は立ち上がって佑真の胸ぐらを掴んだ。
だが、振り上げた拳は私が止めた。
鋭い瞳からは、綺麗な涙が落ちている。
「なんで止めるんだよ。こいつのせいで、咲乃は」
「今は落ち着いてくれ、新城。頼む」
新城は納得いかない表情を浮かべながらも、席に着いてくれた。私も一緒に座り直す。
私だって、腹が立つ。
嘘だと思いたかった。
でも、本人の口から語られている以上、それは事実でしかなかった。
「なあ、佑真。どうして、言ってくれなかった?」
私に話すタイミングはいくらでもあったはずだ。それなのに、佑真は黙っていた。
それどころか、私が咲乃の最期を調べることを反対していた。
「玲ちゃんに嫌われたくなかったから」
咲乃とのやり取りがあっても、佑真のその考えは変わらなかったらしい。
佑真は結局、自分のことしか考えていない。
反対してきたのもきっと、この事実を知られたくなかったからなのだろう。私のことを心配していたからではなかった。
息をすべて吐ききり、佑真をまっすぐ見つめる。
「私は、お前を軽蔑するよ」
佑真は泣きそうになっているが、そんなものは知らない。
私は立ち上がり、佑真を見下ろす。
「もう二度と、私の前に現れないでくれ」
それだけを言うと、新城を連れて佑真の家を出た。
まだ雨が降っていたが、傘を差すより先に、新城は私の腕を振り払った。
「なんで止めたんだよ。一発殴ってやらないと」
雨の音で聞こえにくくても、新城のつらそうな声に、胸を締め付けられる。
「悪かった」
新城の言い分もわかるから、すべてを聞く前に頭を下げた。
「お前が佑真を許せないように、私だって許せない。だが、元を辿れば私のせいなのだ。私がちゃんと佑真を見ていなかったから、こんなことになった。だから、気が済むまで私を殴ってくれ」
新城は泣きそうな顔をしていた。雨が容赦なく降りつけるから、大粒の涙を流しているように見えてしまう。
「和多瀬だけのせいじゃない。俺がちゃんとしてなかったから、あいつは俺と付き合うことを反対してた。だから、俺のせいでもあるんだ」
互いに苦しかった。
大切な人がいなくなった原因が自分にあるとわかってしまうと、誰だって苦しい。
だから誰かのせいにして、楽になりたくなる。
でも、私も新城もそれをしなかった。
ここでそれをしてしまうと、咲乃から目を背けたことになる。それだけは、嫌だった。
雨に紛れて涙を落とし続ける。
私がもっと、周りに興味を持っていれば。
もっと、佑真のことを大切にしていれば。
もっと、咲乃のことを見ていれば。
私の小さな変化で変えられたかもしれない、最悪な出来事。
どれだけ後悔したって遅いのに、雨の中、私たちはひたすら後悔していた。