◆
「天使を見つけた」
中学二年の春、玲ちゃんは唐突にそんなことを言った。
「玲ちゃん、頭大丈夫?」
「失礼だな、佑真」
急に『天使』だとか言い出した幼なじみを心配しただけなのに、酷い言いようだ。
「とても可愛らしい子なのだ。ぜひ仲良くなりたい」
僕は、その子を羨ましいと思った。
玲ちゃんは誰に対しても、なにに対しても冷めていて、僕と話してくれるのは幼なじみだからというだけだったからだ。
それからの玲ちゃんの行動は見たことがないくらい積極的で、玲ちゃんが言う天使の咲乃ちゃんと仲良くなるまで、そう時間はかからなかった。
「玲ちゃん、学校行こう」
「悪い、佑真。今日から咲乃と行くことになった」
「帰りは?」
「咲乃と帰る。今日は遊ぶ約束をしたのだ」
少しずつ、僕のポジションが咲乃ちゃんに奪われていく。
それが嫌だった。
でも、咲乃ちゃんよりも玲ちゃんのほうが咲乃ちゃんのことを好きだったから、咲乃ちゃんを恨む気持ちはなかった。
玲ちゃんと僕、そして咲乃ちゃんの三人で行動することが当たり前になってきたころ、僕は玲ちゃんの態度の違いに不満を抱くようになった。
どうにか、仕方ない、我慢しようって言い聞かせては、我慢できずに玲ちゃんに確認した。
「佑真も大切に決まっているだろう?」
その答えを聞いて安心して、その言葉を心の支えにしていた。
それのおかげで、咲乃ちゃんとも普通に接することができていた。
でも、あることをきっかけに僕と咲乃ちゃんの関係は悪化した。
「私、彼氏ができた」
玲ちゃんの大切な人に、恋人ができた。
僕は嬉しかった。
これで、玲ちゃんが咲乃ちゃんに使う時間が減る。そう思ったからだ。
「そいつは不良ではないのか?」
でもその一言で、僕の喜びは吹き飛んだ。
玲ちゃんは咲乃ちゃんが危険なことに巻き込まれてしまうと思っていたけど、僕は、咲乃ちゃんと一緒にいることで、玲ちゃんも巻き込まれるような気がした。
だから、どうにかして玲ちゃんと咲乃ちゃんを離れさせないとって思った。
「彼氏ができても、私と遊んでくれるよな?」
それなのに、玲ちゃんは咲乃ちゃんと離れるどころか、咲乃ちゃんに忘れられないようにするためか、今まで以上に咲乃ちゃんに構うようになった。
どれだけ咲乃ちゃんが玲ちゃんと距離を置こうとしても、玲ちゃんの心の中には咲乃ちゃんしかいなかった。
「彼氏と別れるつもりはないの?」
玲ちゃんに咲乃ちゃんと一緒にいないほうがいいなんて言えば嫌われると思ったから、咲乃ちゃんにそう言った。
二人が別れれば、僕が不安視していることは起こらないと思ったからだ。
でも、咲乃ちゃんは聞いてくれなかった。
それどころか、僕に敵意を向けてくるようになった。
「別れないから」
玲ちゃんが好きな天使は、そこにはいなかった。
「……それが咲乃ちゃんの本性?」
「別に。ただ、先輩が嫌なことを言うから」
たったそれだけで、僕を睨んでくるのかと思った。
「これを玲ちゃんが知ったら、どう思うかな」
「先輩は玲ちゃんに嫌われたくない人だから、玲ちゃんには言わない」
その通りだった。
咲乃ちゃんのことを悪く言えば、僕が玲ちゃんに嫌われてしまう。だから言えない。
咲乃ちゃんはよくわかっていた。
「君は狡いね」
「影でこそこそ言ってくる先輩に、とやかく言われたくない」
そう言い捨てた咲乃ちゃんに、なにも言い返せなかった。
それでも僕は、咲乃ちゃんたちを別れさせることを諦めきれなかった。
そのころから、咲乃ちゃんは僕を見るだけで、僕を睨んでくるようになっていた。
「咲乃ちゃんといると、玲ちゃんも巻き込まれると思わない? 玲ちゃんのことが大切なら、別れなよ」
咲乃ちゃんは僕と目を合わせなくて、とても人の話を聞いているとは思えない態度だった。
「聞いてる?」
「しつこい」
僕が別れるように言って、咲乃ちゃんが冷たく言ってきて逃げる。
この繰り返しだった。
でもあの日、咲乃ちゃんが階段から落ちた日。
僕は偶然、コンビニで咲乃ちゃんと会った。
「咲乃ちゃんは玲ちゃんが大切じゃないの?」
とうとう僕を無視するようになってきた咲乃ちゃんに対し、歩道橋の階段を登りながら言う。
「玲ちゃんが危ない目に遭ってもいいの?」
無視されることに少しずつムカついて、僕は咲乃ちゃんの腕を掴んで言った。
「もう、しつこいってば」
咲乃ちゃんが怒りに任せて僕の手を振り払ったことによって、僕はバランスを崩した。
落ちる。
そう思ったのに、咲乃ちゃんが僕を助けてくれた。
「どうして……僕のこと、嫌いなんじゃ……」
咲乃ちゃんは右手で手すりを掴み、左手で僕の腕を掴んでいた。その表情は必死そのものだった。
「嫌い。私と大切な人を離れ離れにしようとする人なんて、大っ嫌い。でも、先輩は玲ちゃんの大切な人だから。先輩が怪我したら、玲ちゃんが悲しむから」
「天使を見つけた」
中学二年の春、玲ちゃんは唐突にそんなことを言った。
「玲ちゃん、頭大丈夫?」
「失礼だな、佑真」
急に『天使』だとか言い出した幼なじみを心配しただけなのに、酷い言いようだ。
「とても可愛らしい子なのだ。ぜひ仲良くなりたい」
僕は、その子を羨ましいと思った。
玲ちゃんは誰に対しても、なにに対しても冷めていて、僕と話してくれるのは幼なじみだからというだけだったからだ。
それからの玲ちゃんの行動は見たことがないくらい積極的で、玲ちゃんが言う天使の咲乃ちゃんと仲良くなるまで、そう時間はかからなかった。
「玲ちゃん、学校行こう」
「悪い、佑真。今日から咲乃と行くことになった」
「帰りは?」
「咲乃と帰る。今日は遊ぶ約束をしたのだ」
少しずつ、僕のポジションが咲乃ちゃんに奪われていく。
それが嫌だった。
でも、咲乃ちゃんよりも玲ちゃんのほうが咲乃ちゃんのことを好きだったから、咲乃ちゃんを恨む気持ちはなかった。
玲ちゃんと僕、そして咲乃ちゃんの三人で行動することが当たり前になってきたころ、僕は玲ちゃんの態度の違いに不満を抱くようになった。
どうにか、仕方ない、我慢しようって言い聞かせては、我慢できずに玲ちゃんに確認した。
「佑真も大切に決まっているだろう?」
その答えを聞いて安心して、その言葉を心の支えにしていた。
それのおかげで、咲乃ちゃんとも普通に接することができていた。
でも、あることをきっかけに僕と咲乃ちゃんの関係は悪化した。
「私、彼氏ができた」
玲ちゃんの大切な人に、恋人ができた。
僕は嬉しかった。
これで、玲ちゃんが咲乃ちゃんに使う時間が減る。そう思ったからだ。
「そいつは不良ではないのか?」
でもその一言で、僕の喜びは吹き飛んだ。
玲ちゃんは咲乃ちゃんが危険なことに巻き込まれてしまうと思っていたけど、僕は、咲乃ちゃんと一緒にいることで、玲ちゃんも巻き込まれるような気がした。
だから、どうにかして玲ちゃんと咲乃ちゃんを離れさせないとって思った。
「彼氏ができても、私と遊んでくれるよな?」
それなのに、玲ちゃんは咲乃ちゃんと離れるどころか、咲乃ちゃんに忘れられないようにするためか、今まで以上に咲乃ちゃんに構うようになった。
どれだけ咲乃ちゃんが玲ちゃんと距離を置こうとしても、玲ちゃんの心の中には咲乃ちゃんしかいなかった。
「彼氏と別れるつもりはないの?」
玲ちゃんに咲乃ちゃんと一緒にいないほうがいいなんて言えば嫌われると思ったから、咲乃ちゃんにそう言った。
二人が別れれば、僕が不安視していることは起こらないと思ったからだ。
でも、咲乃ちゃんは聞いてくれなかった。
それどころか、僕に敵意を向けてくるようになった。
「別れないから」
玲ちゃんが好きな天使は、そこにはいなかった。
「……それが咲乃ちゃんの本性?」
「別に。ただ、先輩が嫌なことを言うから」
たったそれだけで、僕を睨んでくるのかと思った。
「これを玲ちゃんが知ったら、どう思うかな」
「先輩は玲ちゃんに嫌われたくない人だから、玲ちゃんには言わない」
その通りだった。
咲乃ちゃんのことを悪く言えば、僕が玲ちゃんに嫌われてしまう。だから言えない。
咲乃ちゃんはよくわかっていた。
「君は狡いね」
「影でこそこそ言ってくる先輩に、とやかく言われたくない」
そう言い捨てた咲乃ちゃんに、なにも言い返せなかった。
それでも僕は、咲乃ちゃんたちを別れさせることを諦めきれなかった。
そのころから、咲乃ちゃんは僕を見るだけで、僕を睨んでくるようになっていた。
「咲乃ちゃんといると、玲ちゃんも巻き込まれると思わない? 玲ちゃんのことが大切なら、別れなよ」
咲乃ちゃんは僕と目を合わせなくて、とても人の話を聞いているとは思えない態度だった。
「聞いてる?」
「しつこい」
僕が別れるように言って、咲乃ちゃんが冷たく言ってきて逃げる。
この繰り返しだった。
でもあの日、咲乃ちゃんが階段から落ちた日。
僕は偶然、コンビニで咲乃ちゃんと会った。
「咲乃ちゃんは玲ちゃんが大切じゃないの?」
とうとう僕を無視するようになってきた咲乃ちゃんに対し、歩道橋の階段を登りながら言う。
「玲ちゃんが危ない目に遭ってもいいの?」
無視されることに少しずつムカついて、僕は咲乃ちゃんの腕を掴んで言った。
「もう、しつこいってば」
咲乃ちゃんが怒りに任せて僕の手を振り払ったことによって、僕はバランスを崩した。
落ちる。
そう思ったのに、咲乃ちゃんが僕を助けてくれた。
「どうして……僕のこと、嫌いなんじゃ……」
咲乃ちゃんは右手で手すりを掴み、左手で僕の腕を掴んでいた。その表情は必死そのものだった。
「嫌い。私と大切な人を離れ離れにしようとする人なんて、大っ嫌い。でも、先輩は玲ちゃんの大切な人だから。先輩が怪我したら、玲ちゃんが悲しむから」