「じゃあ隼人は僕の傘を使ってね」

 隣で、井田が新城に傘を貸していた。

「でもそうしたら、お前の傘がないだろ」

 そういえばそうだ。
 夢原に押し付けられたから受け取ったが、夢原は傘をどうするつもりなのだろう。

「僕と冬夜、傘二本あるんだ。だから心配しないで」
「冬夜はともかく、圭はそんなに準備がよかったか?」

 新城が言うと、井田は頬を膨らませた。

「そこは察してよ、隼人のバカ」

 新城は謝り、お礼を言った。

 私たちは借りた傘をさして、雨の中を歩く。さすがに二列にはなれないから、新城が私の斜め前を歩いている。

「藤も井田も夢原も、いい奴らだな」

 新城に聞こえるかどうかわからないような声で言う。

「だろ」

 傘で顔は見えなかったが、得意げに言っているとわかる。

「咲乃にも、ちゃんと知ってもらいたかっただろ」

 自慢の友達ならば、咲乃が私のことを新城に自慢したように、新城だって藤たちのことを話したかったはずだ。

「まあ、仕方ないよな」

 その声は寂しそうで、私は言葉に迷う。

「そんなことより、行き先は和多瀬の家でいいのか?」
「そうだな、私の家でいい」

 佑真に私の家に来るよう、連絡しようと思ったが、画面が濡れるので諦めた。
 そもそも、まだ佑真の連絡先を知らなかったから、連絡できないことを、カバンに入れて思い出した。

 佑真の家に行って、呼び出すしかなさそうだ。

「新城、私の家を知っているのか?」

 まったく道案内をしていないのに、新城は迷わず歩いていたから、聞かずにはいられなかった。

「一回、行ったことあるから」

 そういえば、咲乃をうちに送ったと言っていた。

「一回で覚えたのか」
「俺に告白しておきながら、男の家に案内させるのかって、なんか腹立って、覚えた」

 理由がよくわからないが、面白い勘違いをしていたらしい。

「私は女だが?」
「知ってる。咲乃にも笑われた。玲ちゃんは女の子だよって」

 たしかに男でもありそうな名前だが、いくらなんでも、告白したばかりでほかの男の家に案内させるほど、咲乃はバカではなかっただろうに。

「そんなバカみたいな嫉妬をするくらい、咲乃のことが好きだったのだな」

 少し微笑ましくなるくらいだ。

 だが、当の本人は恥ずかしくなったのか、返事がない。

「変だと思うか?」

 しばらく雨の音を聞きながら歩いていたら、そんなことを聞かれた。

「なにを?」
「出会ったばっかりなのに、ここまで依存するのが」

 わざわざ好きという単語を使わなかった理由は、あえて聞かないでおこう。

「私だって、出会ってすぐに咲乃のことを誰よりも好きになった。だから、変ではない。それだけ、咲乃が魅力的だったというだけだ」

 新城から素っ気ない声が返ってきただけで、それを最後に会話が止まってしまった。

 雨の音に包まれながら歩き進めると、家に着いた。

「お前の家、こっちじゃなかったか?」

 自分の家を通り過ぎると、新城が言ってきた。
 本当に、きちんと私の家を覚えていたらしい。

「隣が佑真の家なんだ」

 佑真の家のインターホンを押すと、ちょうど佑真が出てきた。

「どうしたの、玲ちゃん」

 佑真は私の訪問に驚いている。
 少し視線を動かし、新城を見つけたようだが、余計に混乱しているらしい。

「あいつは新城隼人だ」

 佑真の顔色が一気に悪くなる。

 この時点で、嫌な予感はした。
 だが気のせいだと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせるために、小さく深呼吸をする。

「なあ、佑真。咲乃のことで、少し話を聞けないか?」

 佑真は視線を泳がせ、答えてくれない。

「佑真」

 厳しめに名前を呼ぶと、佑真は体をビクつかせた。
 そして、ドアを大きく開けた。

「……入って」

 佑真に言われて、私と新城は中に入る。

 場所は変わってしまったが、これで佑真に話が聞ける。

 その事実に、急に足がすくんだ。

「大丈夫。俺がいる」

 廊下を進む途中、新城が小声で言った。

「ヒーロー気取りか?」

 冗談を返せるあたり、まだ平気そうだ。そんな自分に安心する。

 食卓テーブルの椅子に、私と新城は横に、私の前に佑真が座った。

 空気が重い。
 その重さに、情けないことに動揺し、なにを聞けばいいのかわからなくなる。

「お前が咲乃のことが好きだったって聞いたんだけど、本当?」

 私がなにも言えずにいたら、新城が威嚇するように言った。
 その怖さに怯え、佑真は何度も首を横に振った。

 佑真がそれを否定してくれたから、私は安心した。

 きっと、あの仮説も否定してくれる。今様子がおかしいのは、新城が怖いからだ。
 そう思った。

「だよな。お前が好きなのは、和多瀬だもんな」

 佑真は顔だけでなく、耳も首も真っ赤にした。

「新城、一体なにを」

 どういうつもりなのか聞こうとするが、新城は取り合ってくれない。

「和多瀬が咲乃ばっかり構うから、咲乃のことが邪魔になったか?」

 やめてくれ。
 そう言いたいのに、言えなかった。口を挟める空気ではなかった。

「だから、殺そうとしたのか?」
「違う!」

 ずっと黙っていたのに、佑真は大声で否定した。

 よかった。否定してくれた。
 佑真は、関係なかった。

 そう安心した矢先だ。

「あれは……本当に、事故だったんだ」

 目の前が真っ暗になる。

 佑真の口から語られる事実は、耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。