それ以外の理由が、きっとある。

「咲乃が新城と付き合ってから、佑真が咲乃と二人きりで話すことが増えた。そのときはただ、咲乃と話していて羨ましいとしか思っていなかったが、思い返してみると、そのときから、咲乃が佑真に敵意を向けるようになっていた」

 なんでもないと、寂しくなっただけだと言われ、私はそれを信じていた。

 それは、咲乃がいい子だと思っていたからだ。

 咲乃も誰かに敵意を向けることがあると知った今、あれは嘘だとわかる。

「多分佑真は、咲乃と新城が付き合うことを反対していた」

 咲乃は、誰かに大切な人との仲を邪魔されるのが嫌だと言っていた。
 そして、そうされるとその相手を嫌ってしまうと。

 それを知ったから、私は今話していることを思い浮かんでしまったのだ。

「何度か二人で話すところを見かけたから、何度も反対していたのだと思う。でも、咲乃は聞かなかった」

 だから、二人の仲はどんどん悪くなっていった。

 そして私は、あることを思った。

「言うことを聞かない咲乃に腹が立ち、佑真は咲乃を階段から落とした」

 これが、私が考えてしまった、最悪なことだ。

 だが、新城はどこか腑に落ちないようだ。

「なんで和多瀬の幼なじみが、俺たちのことを反対してたんだ?」

 そうだ。佑真が交際を反対する理由がない。

 だが、咲乃が彼氏ができたという報告をしたとき、佑真は不機嫌になっていた。

「もしかすると、佑真は咲乃のことが好きだったのかもしれない」

 そう言って、気付いた。

 これは、仮定の話だ。
 私の妄想にすぎない。

 ずっと、仮説は外してきた。
 今回も外れているかもしれない。

 そんな期待を抱いたとしても、佑真に話を聞きに行く勇気はなかった。

 知るのが怖かった。
 さっきの後輩みたく、嫌な気分にさせるのが心苦しかった。

「それは違うんじゃないか」

 佑真に関しては、新城よりも私のほうが知っている。
 だから、否定されてもなんとも思わなかった。

「お前の幼なじみは多分」

 新城は中途半端なところで区切った。
 その続きが聞きたくて待ってみるが、言ってくれない。

「本人に聞きに行くか」

 予想外の発言に、耳を疑った。

「新城も行くのか?」
「和多瀬が一人で行きたいなら、行かないけど」

 そう言われると、来ないでほしいとは言えない。
 むしろ、いてくれるほうがありがたい。

 二人で佑真に話を聞くことを決め、私たちは階段を降りる。

「新城。なぜお前は、そこまで私のために動いてくれるのだ?」

 新城は考えながら先を進む。

「最初は、咲乃の大切な人だからってだけだった。でも、ここまで来ると、咲乃になにがあったのか知りたくなるだろ」

 ずっと、咲乃のことが知りたかった。

 新城や中村先生たちに話を聞いて、知らない咲乃を知ることができた。
 もう十分だと思えるくらい、知れたと思う。

 でも、肝心なことがわかっていないままだった。

 どうして咲乃が死んだのか。

 そればかり考えていたから、出会う人たち全員を疑った。
 変なことを考えては、それを打ち砕かれてきた。

 だが、それも今回で終わりだ。
 私が知る限りで話を聞くとすれば、佑真が最後だ。

 今感じている恐怖は、きっと、咲乃のことを知る手段がなくなり、生きる意味を失うことへの恐怖ではない。

 ただ純粋に、佑真に話を聞くのが怖い。
 初めて、知るのが怖いと思った。

 いろいろ悩んでいたら、新城が私の頭に手を置いた。
 なにをしているのか理解できず、新城の顔を見上げる。

「大丈夫。きっと、悪いことなんてない」

 あれだけ不安に襲われた姿を見せれば、誰だって励ましたくなるだろう。
 だが、私はそれを受け止められなかった。

「適当なことを言わないでくれ」

 新城の手を払い、教室に入った。



 雨は放課後になっても降っていた。
 まさか雨が降るとは思っておらず、私も新城も傘を持っていなかった。

「走るか」

 新城の提案に乗った。
 すでに屋上で濡れていたから、濡れることに抵抗がなかった。

 だが、走り出そうとしたとき、誰かに腕を掴まれた。
 振り向くと、夢原、藤、井田の三人がいる。私の腕を掴んでいるのは、夢原だ。

 新城といることを文句言われるのだろうか。

 そう思ったのに、夢原は無言で折りたたみ傘を渡してきた。

「本当は」

 受け取ろうとしたとき、大きな声を出されたから、思わず手を引っ込めた。

「本当は、あんたが隼人と一緒に帰るなんて、許せないけど」

 夢原はとても苦しそうに訴える。

「でも、白雪咲乃のことしか見えてなかった隼人が、あんたと一緒にいるってことは、きっと、白雪咲乃のことでなにかあるってことなんでしょ」

 なかなか鋭い。
 私が新城を狙っているとは思わないのか、と考えたが、それはすぐに否定したことを思い出した。

「隼人をあげるわけじゃないから」

 夢原は私に傘を押し付けた。

「貸してくれるのか」
「大事な人を失った人に、親切にできないような人間になりたくないだけ」
「すでに結構なことを言われた気がするが」
「それは」

 夢原は言葉を詰まらせ、視線を逸らす。

「隼人は許してくれたけど、知らなかったで許されることじゃないってわかってる。ごめんなさい」

 素直に謝る夢原が可愛らしくて、つい頭を撫でてしまった。
 予想通り、夢原は私の手を払う。

 懐いてくれたと思ったら、素っ気なくされる。
 まるで猫みたいだ。