「なにがおかしい」
「先生は先生だなと思っただけだ」
先生はなにを当たり前なことを言っているんだという目を向けてくる。
「そういえば、相田は元気にやってるか? あいつも白雪のことをよく構っていたから、ちょっと心配していたんだ」
それから思い出したように、佑真の名を口にした。
「佑真は元気だと思う」
「だと思うって、幼なじみなのに、知らないのか」
入学式のときに会って以来、佑真を見かけていないのだから、仕方ないだろう。
しかし、佑真の様子など今はどうでもよかった。
「佑真、そんなに咲乃を構っていたか?」
「卒業する一ヶ月くらい前から、結構な頻度で 白雪のところに行っていただろ。覚えてないか?」
そういえば、私が会っていないのに、佑真が会っていたことは何度かあった。
私は咲乃と話すことを我慢しているのに狡いと思った記憶がある。
そのとき、嫌な仮説が思い浮かんだ。
きっと気のせいだ。
そう思っても、頭から消えてくれない。
これ以上ここにいると、やた余計なことを考えてしまいそうで、勢いよく立ち上がった。
「どうした?」
先生は目を丸めている。
「……帰る」
「そうか。気をつけて帰れよ」
先生が優しく送り出してくれたが、笑顔を返す余裕などなかった。
校舎を出て、正門をくぐって、歩き慣れた道を進む。
しかし、自然と歩みが速くなる。
この感覚は、味わったばかりだ。
原因不明の焦燥感。
とにかく走りたくなる衝動。
だが、今度はなにかから逃げるように走り出した。
さっき、先生に話しただけで気分が楽になった。
だから、今もまた誰かに吐き出したい。そう思った。
そして私が選んだのは、唯一すべてを知っている男だった。
「急にいなくなって、急に戻ってきたな、お前」
廊下側の一番後ろ。
奴の席を横取りする者はいなくて、奴はそこにいた。
「新城」
新城を呼ぶと、不思議なことに言葉が溢れ出た。
「どうしよう、新城。さっきから嫌な考えが消えてくれない。最悪だ。今までで考えた説の中で、一番あってほしくない。だが、気のせいだと思いたくとも、心当たりがありすぎる。もしそれが正しかったら」
そこまで一気に言った。
新城は驚いて私を見ている。
新城の顔を見て、自分に落ち着けと言い聞かせる。
「もし、この仮説が正しかったら、私……」
言葉にならなかった。
新城は引き続き混乱している。
「和多瀬ちゃん、なにかあったの?」
井田に声をかけられたことで、現実に引き戻された。
心配そうな井田がいて、変なものを見るような目をした藤がいる。
周りの目が私たちに集中していた。
「場所を変えるか」
新城は私の腕を掴んだが、すぐに夢原が私たちを引き離した。
新城は夢原を睨む。
「邪魔するなよ」
夢原は体をビクつかせた。
「だって、嫌なんだもん。なんで隼人、そいつのこと構うの? 白雪咲乃の大切な人だから? でも、白雪咲乃は隼人のことを捨てたじゃん。そんな奴の大切な人なんて、放っておきなよ」
夢原は涙目で訴えた。
新城が大きなため息をついたことで、夢原の目から涙が落ちる。それをきっかけに、空気が重くなる。
そんな夢原を見て、新城はため息をついた。
「あのさ、夢原、圭、冬夜。俺、お前らにずっと言ってなかったことがあるんだ」
言う。
そう思った。
私は直接的な言葉を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
「咲乃は一ヶ月前に死んでるんだよ」
新城の声は聞こえていない。
だが、三人の表情を見ればわかる。新城ははっきりと言ったのだろう。
「咲乃ちゃんが……?」
「隼人、嘘だろ?」
反応したのは井田と藤だけだ。
夢原は言葉にならないようだ。
「こんな趣味の悪い嘘をつくかよ。でも、フラれたってのは嘘」
全員、反応に困っている。
「黙ってて悪かったな。俺が、咲乃がいないって現実から逃げてたから、ずっと言えなかったんだ。かっこ悪いだろ」
井田は大粒の涙を落としながら、新城に抱きついた。
「笑わなくていい。かっこ悪いもんか。言ってくれて、ありがとう。気付いてあげられなくて、ごめん」
新城の背中しか見えていなかったから、どんな顔をしているのかなんてわからない。
だけど、井田を強く抱き締め返しているところを見ると、泣いているのだと思う。
「隼人、ごめん、私……」
一番ショックを受けていたのは、夢原だ。
当然だろう。
なにも知らなかったとはいえ、あれだけのことを言っていたのだ。
「いいよ。知らなかったんだから」
夢原は納得いっていないようだが、新城がそれ以上、謝らせなかった。
「和多瀬ちゃんも、つらかったでしょ」
井田は私に抱きついてこようとしたが、それは遠慮した。
「もしかして和多瀬ちゃんの話って、咲乃ちゃんのこと?」
三人が事情を知ったとなると、場所を移す必要はない。
だが、まだ三人には知られたくなかった。
「そうだけど、お前らには内緒」
新城は私の思いを察してくれたのか、そう言った。
「なんで? また僕たちに秘密にするの?」
素直に不満そうにされると、私が悪いことをしている気分になる。
「我慢してくれ、圭。今回は俺じゃなくて、和多瀬の問題なんだ」
井田はそれで納得してくれた。
そして今度こそ、私たちは教室を出て、屋上に戻った。
「先生は先生だなと思っただけだ」
先生はなにを当たり前なことを言っているんだという目を向けてくる。
「そういえば、相田は元気にやってるか? あいつも白雪のことをよく構っていたから、ちょっと心配していたんだ」
それから思い出したように、佑真の名を口にした。
「佑真は元気だと思う」
「だと思うって、幼なじみなのに、知らないのか」
入学式のときに会って以来、佑真を見かけていないのだから、仕方ないだろう。
しかし、佑真の様子など今はどうでもよかった。
「佑真、そんなに咲乃を構っていたか?」
「卒業する一ヶ月くらい前から、結構な頻度で 白雪のところに行っていただろ。覚えてないか?」
そういえば、私が会っていないのに、佑真が会っていたことは何度かあった。
私は咲乃と話すことを我慢しているのに狡いと思った記憶がある。
そのとき、嫌な仮説が思い浮かんだ。
きっと気のせいだ。
そう思っても、頭から消えてくれない。
これ以上ここにいると、やた余計なことを考えてしまいそうで、勢いよく立ち上がった。
「どうした?」
先生は目を丸めている。
「……帰る」
「そうか。気をつけて帰れよ」
先生が優しく送り出してくれたが、笑顔を返す余裕などなかった。
校舎を出て、正門をくぐって、歩き慣れた道を進む。
しかし、自然と歩みが速くなる。
この感覚は、味わったばかりだ。
原因不明の焦燥感。
とにかく走りたくなる衝動。
だが、今度はなにかから逃げるように走り出した。
さっき、先生に話しただけで気分が楽になった。
だから、今もまた誰かに吐き出したい。そう思った。
そして私が選んだのは、唯一すべてを知っている男だった。
「急にいなくなって、急に戻ってきたな、お前」
廊下側の一番後ろ。
奴の席を横取りする者はいなくて、奴はそこにいた。
「新城」
新城を呼ぶと、不思議なことに言葉が溢れ出た。
「どうしよう、新城。さっきから嫌な考えが消えてくれない。最悪だ。今までで考えた説の中で、一番あってほしくない。だが、気のせいだと思いたくとも、心当たりがありすぎる。もしそれが正しかったら」
そこまで一気に言った。
新城は驚いて私を見ている。
新城の顔を見て、自分に落ち着けと言い聞かせる。
「もし、この仮説が正しかったら、私……」
言葉にならなかった。
新城は引き続き混乱している。
「和多瀬ちゃん、なにかあったの?」
井田に声をかけられたことで、現実に引き戻された。
心配そうな井田がいて、変なものを見るような目をした藤がいる。
周りの目が私たちに集中していた。
「場所を変えるか」
新城は私の腕を掴んだが、すぐに夢原が私たちを引き離した。
新城は夢原を睨む。
「邪魔するなよ」
夢原は体をビクつかせた。
「だって、嫌なんだもん。なんで隼人、そいつのこと構うの? 白雪咲乃の大切な人だから? でも、白雪咲乃は隼人のことを捨てたじゃん。そんな奴の大切な人なんて、放っておきなよ」
夢原は涙目で訴えた。
新城が大きなため息をついたことで、夢原の目から涙が落ちる。それをきっかけに、空気が重くなる。
そんな夢原を見て、新城はため息をついた。
「あのさ、夢原、圭、冬夜。俺、お前らにずっと言ってなかったことがあるんだ」
言う。
そう思った。
私は直接的な言葉を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
「咲乃は一ヶ月前に死んでるんだよ」
新城の声は聞こえていない。
だが、三人の表情を見ればわかる。新城ははっきりと言ったのだろう。
「咲乃ちゃんが……?」
「隼人、嘘だろ?」
反応したのは井田と藤だけだ。
夢原は言葉にならないようだ。
「こんな趣味の悪い嘘をつくかよ。でも、フラれたってのは嘘」
全員、反応に困っている。
「黙ってて悪かったな。俺が、咲乃がいないって現実から逃げてたから、ずっと言えなかったんだ。かっこ悪いだろ」
井田は大粒の涙を落としながら、新城に抱きついた。
「笑わなくていい。かっこ悪いもんか。言ってくれて、ありがとう。気付いてあげられなくて、ごめん」
新城の背中しか見えていなかったから、どんな顔をしているのかなんてわからない。
だけど、井田を強く抱き締め返しているところを見ると、泣いているのだと思う。
「隼人、ごめん、私……」
一番ショックを受けていたのは、夢原だ。
当然だろう。
なにも知らなかったとはいえ、あれだけのことを言っていたのだ。
「いいよ。知らなかったんだから」
夢原は納得いっていないようだが、新城がそれ以上、謝らせなかった。
「和多瀬ちゃんも、つらかったでしょ」
井田は私に抱きついてこようとしたが、それは遠慮した。
「もしかして和多瀬ちゃんの話って、咲乃ちゃんのこと?」
三人が事情を知ったとなると、場所を移す必要はない。
だが、まだ三人には知られたくなかった。
「そうだけど、お前らには内緒」
新城は私の思いを察してくれたのか、そう言った。
「なんで? また僕たちに秘密にするの?」
素直に不満そうにされると、私が悪いことをしている気分になる。
「我慢してくれ、圭。今回は俺じゃなくて、和多瀬の問題なんだ」
井田はそれで納得してくれた。
そして今度こそ、私たちは教室を出て、屋上に戻った。