内田先生は懐かしむような目をしている。

「あの小さな手で大切な人を必死に大切にしていて。それ以外の人たちの手を取る余裕もなかった」

 私に似ていると思った。
 私も、大切な人だけを大切にしていた。

 だが私の場合は、大切な人以外は興味がなかった。

「白雪さんね、和多瀬さん以外の人とどうやって接したらいいのかわからないって、悩んでいたの」

 咲乃は違う。苦しんでいたのだ。
 そこが異なるから、私は咲乃の苦しみに気付いてやれなかった。

「和多瀬さんの受験が近くなったときなんて、特につらそうにしていた。みんなに近寄ろうとするけど、勇気が出なくて結局一人で行動する。それを繰り返していた」

 私の憶測は、また間違えたらしい。
 咲乃は、誰かに私たちのことを言われたわけではなかったようだ。

「咲乃はずっと、そうやって悩んでいたんですか?」

 先生は否定した。

「一年の最初は、一緒に行動する子がいたの。でも、徐々に話さなくなっていった。それもあって、声がかけられなかったんじゃないかな」

 原因はきっと、私だ。
 私が休み時間のたびに咲乃のところに行っていたから、咲乃の友達を奪ってしまった。

「……咲乃に悪いことをした」
「白雪さんは、絶対にそんなこと思ってないよ」

 内田先生の言葉だからだろうか。気休めの言葉などいらないとは思わなかった。

「いつも休み時間になると、楽しそうに廊下に出ていた。白雪さんは和多瀬さんと話すのが好きだったんだと思う。だから本当に、白雪さんが不器用だっただけなの。和多瀬さんがそこまで気に病む必要はないよ」

 涙が出そうだった。
 咲乃も同じように、私と過ごす時間を楽しんでくれていたことが、これほど嬉しいとは思っていなかった。

「和多瀬さんが聞きたかったのは、それだけ?」
「あの、一年のとき、咲乃と話していた生徒ってわかりますか?」

 その子に話を聞いたところで、なにもわからないかもしれない。

 だけど、その子が咲乃のことをどう思っていたのかだけは聞きたかった。
 もしかすると、咲乃が離れていったことに対して、なにか思うところがあったのかもしれない。そして、咲乃の死に関わっているかもしれない。

 そう考えると、確かめずにはいられない。

「わかるけど……どうして?」

 やっとというか、先生は私がしようとしていることに疑問を抱いたようだ。

「少し、話を聞きたくて」

 しかしこれ以外、言いようがなかった。
 言ってもよかったが、私がその生徒を疑っていると思われてしまうと、教えてもらえないような気がして、言えなかった。

「今は授業中だから、話をするなら、昼休みね。ここで待ってていいから」
「ありがとうございます」

 それから内田先生と雑談をしながら、時間を潰した。

 昼には、弁当を食べた。
 開けた瞬間、台無しになった弁当を見てなにが起きているのか混乱したが、全力疾走した間に崩れたらしい。
 おかずが移動した弁当は、味が混ざって美味しくなかった。

 そして昼休み、内田先生が一人の生徒を連れてきてくれた。
 その子はどうして職員室に呼ばれたのかわかっていないまま、座っている。

 ここは私から話しかけるのが道理だろう。

「はじめまして。私は」
「和多瀬先輩ですよね。知ってます」

 自己紹介を遮られてしまった。

「どうして私のことを?」
「有名でしたから。白雪さんのことしか見えていない、変な先輩だって」

 辛辣だな。
 たとえ本当にその噂が流れていたとしても、少しは気を使って言ってくれてもよかっただろうに。

 まあいい。今はそんなことに時間をかけている場合ではない。

「今日は、その咲乃のことで話がある」
「私に? 先輩のほうが彼女に詳しいと思いますけど」

 なぜこの子はここまで当たりがきついのか。
 言い方にも棘があり、心が折れそうだ。

 いや、負けるものか。そう自分を奮い立たせる。

「君が咲乃と仲が良かったと聞いた。なぜ、話さなくなったのか聞いてもいいか?」
「別に、私から話さなくなったわけじゃないですよ。白雪さんが勝手に、先輩を優先するようになっただけです」

 その表情を見ると、ただ事実を言っているだけのようだった。

「では、咲乃を恨んでいないのだな」

 彼女は全身で不快さを出してきた。

「なにそれ、意味わからないんですけど。もしかして先輩、私が白雪さんを恨んで殺したとか思ってます?」

 しまったと思ったところで、どうしようもない。
 彼女は怒りをそのままぶつけてくる。

「白雪さんに声をかけたのは席が近かったからってだけで、別に白雪さんにこだわっていなかったし、ほかの友達だっています。そんなことするわけないでしょ」

 私だってそう思う。だいたい、二年越しに咲乃を襲うのもおかしな話だ。
 言葉を間違えた。

「ごめん、君を疑っていたわけじゃない。ただ、話が聞きたかっただけなのだ」

 きちんと謝罪するが、こんな説得力のない言葉は聞いてくれず、彼女は気分が悪いと、職員室を出ていった。

 彼女の捨て台詞が、頭から離れない。
 疑われて気分のいい人間などいないだろう。私はずっと、最低なことをしていたのかもしれない。

 今までの自分の行動を思い返して、新城や夢原に謝りたくなった。

「見事に怒らせたな」

 文字通り頭を抱えていたら、中村先生が入ってきた。

「見てたのか」
「一応、元担任としてはお前がなにかやらかさないか、心配だったからな」

 そして予想通り、私はやらかしてしまった。

「ここまで、人と接するのが下手だとは思わなかった」

 新城と話したときも。今も。
 思うようなコミュニケーションができない。

「そんなの、これから上達していけばいいんだよ。お前はまだ十五歳なんだ。いろいろ失敗して、悩んで、答えを見つければいい」

 教師らしいことを言ってきたのが面白くて、つい笑ってしまった。