「そのせいで、小学生のとき、人付き合いに失敗しちゃって……」

 咲乃のつらそうな笑顔を見て、嫌な話をさせているのだとわかった。
 でも、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「それでこの街に引っ越してきたんです。ここでは玲ちゃんとか新城さんに会えたので、引っ越してよかったなって」

 俺の名前が和多瀬の次に挙がったのは少し面白くなかったが、そう言ってもらえる存在になれていることの喜びが勝った。

「えっと、話を戻しますね。私、大切な人しかいらないってわけじゃないんです。大切な人の、大切な人とも仲良くなりたい。だから、新城さんのお友達とは仲良くしたいって思っていたんですけど……ごめんなさい」

 咲乃がそこまで言って、俺は咲乃を抱き締めた。

「話してくれて、ありがとう」

 俺は、それしか言えなかった。

 会って話していくうちに、圭たちがいい奴だとわかってくれるだろうと思って、何度か圭たちと遊ぶことはあったが、咲乃が圭たちに心を開くことはなかった。

 いつも夢原がついてきて、敵意を向けていたことが原因だった。
 何度かやめるように言ったが、大人しくなるのはそのときばかりで、日にちをまたぐと元に戻っていた。

「隼人、僕たち咲乃ちゃんに会うのは、やめておくよ」

 圭がそう言ったとき、ただ、ごめん、と謝るしかできなかった。

「彼氏の友達と仲良くできない彼女って、嫌じゃないの?」

 夢原の態度は、ずっと変わらなかった。
 お前のせいだとはっきり言ってやればよかったのかもしれないが、俺には言えなかった。

 その日から、圭たちと話す機会は一気に減った。
 咲乃の笑顔に癒されて過ごしていたが、やはり寂しさのようなものはあった。

 一度、夢原抜きで話してほしい。

 俺はそう思うようになった。

 そして、咲乃が階段から落ちた日の昼ごろだ。
 なんとか咲乃と圭たちを説得して、その次の日、つまり咲乃が死んだ日、四人で会う約束をすることに成功した。

 次の日、圭と冬夜と待ち合わせ場所にいたが、何時間待っても、咲乃は来なかった。

 なんだか嫌な予感がして、俺は咲乃の家に走った。

「帰ってくれ」

 咲乃の父親に、そう言われた。

 髪を染め、ピアスを開けていたから、見た目の印象は最悪だっただろう。
 だが、そこまで拒絶されるようなことをした覚えがなかったから、頭が追いつかなかった。

「咲乃に会わせてください、お願いします」

 あそこまで必死になったのは、初めてだった。

「君がなにを言っても、会わせられない。咲乃は昨日の夕方、歩道橋の階段から落ちて、今日一度目を覚ましたが……死んだよ」

 急に視界が歪んだ気がした。立っているのがやっとだった。

 咲乃の父親の声が、遠くで聞こえる。

「咲乃は転んだと言っていたが、俺はそうは思えない。きっと、君が関係しているんじゃないかって思うんだ。だから今は、君の顔を見たくない。帰ってくれ」

 そして閉め出されてしまった。

 咲乃が、死んだ。
 もう、この世のどこにもいない。
 会えない。
 あの笑顔が、見れない。

 とにかく混乱して、自宅の部屋に引きこもるようになった。



 新城の話が終わって、しばらく沈黙が続いた。
 新城にかける言葉を見つけられなかった。

「咲乃は階段から転んだと言っていたらしい。和多瀬は、それを疑うか?」

 難しい選択だ。
 咲乃が言うことは無条件に信じてやりたいが、今回ばかりはそうも言ってられない。それで終われないから、私は今、ここにいるのだ。

「俺は、咲乃の父親が言っていたのは、あながち間違ってないんじゃないかって思うんだ」
「それは、咲乃が階段から落ちたのは、お前のせいだという話か?」

 新城は頷く。

「俺と付き合ったことで、咲乃は恨まれなくてもいい相手から恨まれるようになった。それこそ、夢原とかな。あと、俺が過去に喧嘩した相手が、俺を苦しめるために咲乃を狙ったのかもしれない」

 それを聞くと、新城が無関係だとは思えなくなる。
 もともと新城に話を聞くつもりでいたが、まさかここまでつらい話だとは思っていなかった。

「変なことを聞いてもいいか」

 新城の瞳が私を捉える。

「夢原が、咲乃を落とした可能性は、あるのか?」

 話の中で疑わしいのは、夢原だけだった。

 新城はまた遠くを見つめる。

「ないとは言い切れない。でも、俺が咲乃にフラれたっていう嘘を信じているから、その可能性は低いんじゃないか」
「嘘を信じている演技をしているとは思わないのか?」

 新城に好かれたい彼女だ。それくらいのことをしても、おかしくないだろう。

「逆に聞くが、夢原に演技ができると思うか?」

 言われて思ったが、あれだけ素直な夢原が、嘘を隠し通すのは難しいか。

 新城に嫌われたくないというのもあるから、いくら咲乃と言い合いになったとしても、咲乃に外傷的な傷をつけるようなことはしなかっただろう。

「ということは、お前の過去の喧嘩相手が怪しいとなるが」
「負かした相手の顔なんて、覚えてない」

 言うと思った。
 これは手詰まりか。

「なあ、和多瀬。もっと、情報収集の幅を広げてみたらどうだ?」
「というと?」
「俺のほうだけに原因があるとは限らないだろ。俺のせいの可能性が高いってだけで」

 それは一理ある。
 つまり、中学校に行って情報を集めてこい、と。

「いろいろ助かった。ありがとう」

 そして私は校舎内に戻った。