咲乃と出会ったのは、二月の初めだった。

 偶然通りかかったコンビニの前で、男共に絡まれているところに声をかけた。

 普段なら無視をするが、咲乃の困っている顔から目が離せなくて、つい口を挟んだ。

「なにしてんだよ」

 咲乃の手を掴んでる男の腕を強く握った。男は顔を歪め、俺から逃げようとする。

「なんだお前。ヒーロー気取りか」

 ほかの奴らが睨んでくるが、一ミリも怖くなかった。
 逆に睨んでやると、男共の表情は恐怖に染まり、逃げていった。

 咲乃と二人きりになり、なんとなく気まずかった。
 というか、女子との話し方がわからなくて、その場を去るしかないと思った。

 だが、俺は咲乃に引き止められた。

「あの、彼女いますか?」

 予想外の言葉だった。
 俺の服を掴む咲乃の手は震えていて、緊張しているのがわかる。

「いないけど」

 素っ気なく返してしまったのには、すぐ後悔した。

 怖がらせてしまう。
 そう思ったのに、咲乃は安心した顔を見せた。

「私、白雪咲乃って言います。もしよかったら、付き合ってもらえませんか?」

 出会って数分で告白されるとは当然思っていなかったから、俺は反応できなかった。

 俺がなにも言わなかったことで、咲乃はわかりやすく慌て始めた。

「急にこんなこと言われても、迷惑ですよね。ごめんなさい。でも、これで終わりにしたくないというか……」

 可愛いと思った。
 きっと、見かけたときからそう思っていたのだと思う。

「いいよ。付き合っても」

 咲乃の笑顔は眩しかった。そして、守りたいと思った。

 それから和多瀬の家に行くと言うから、送ることにした。

「えっと、お名前とか聞いてもいいですか?」

 咲乃は順番をすっ飛ばしたことを恥ずかしく思ったのか、俺の顔を見なかった。

「新城隼人」
「新城、隼人さん」

 咲乃が俺の名前を確かめるように繰り返した。
 自分の名前を特別に感じたのは、これが初めてだった。

「もう少しいろいろ聞いてもいいですか?」

 和多瀬の家に着くまで、俺たちは情報を交換した。
 歳や学校のこと、好きな食べ物や音楽。そのとき和多瀬のことも聞いた。

 その時間は生まれて初めて楽しいと思えた瞬間だった。

「短い時間でしたが、とても楽しかったです」
「俺も楽しかった」

 もっと続いてほしいと思うくらいだった。

「あの、新城さんはスマホとか持っていますか?」
「あるけど」
「番号、教えてください。夜に電話します」

 それから番号を交換して、俺たちは別れた。

 自宅に戻る途中、コンビニで会った男三人と再会した。

 囲まれて、人目がない場所に移動させられる。
 そこは古い倉庫で、奴らの仲間らしき奴らがいた。

「さっきは邪魔しやがって」
「ボコボコにしてやる」

 安いセリフだと思った。

「弱い奴ほどよく群れる」

 俺の挑発の言葉に乗り、奴らは殴りかかってきた。

 俺の喧嘩話はどうでもいいだろうから省略すると、返り討ちにしてやった。
 そして、思い出した。

 俺がいるのは、こういう世界なのだ、と。

 咲乃を危険に巻き込むのではないかと思った。

 だが、俺には咲乃を手放すという選択肢はなくて、変わろうと思った。

 なにがあっても喧嘩はしない。一般的に悪いとされることはしない。
 少しでも、咲乃に迷惑をかけるようなことはしない。

 そう誓って、行動していた。

「最近の隼人、なんか変」

 そんなある日、夢原につまらなさそうに言われた。

「なにかあったの?」
「彼女ができた」

 夢原は過剰に反応した。

「彼女って、なんで?」
「告白されたから」
「どんな子?」
「年下で、笑顔が似合う子、だな」
「別れる予定は?」
「付き合い始めたばかりで別れるかよ」
「なんでその子なの?」
「いいと思ったから」
「どこがいいの?」
「もういいだろ、しつこい」

 質問攻めを強制的に終わらせると、夢原はふてくされてしまった。

「隼人の彼女、会ってみたい」
「僕も会いたい」
「じゃあ、僕も」

 夢原に便乗して、圭と冬夜が言った。
 これを断れば、さらに面倒になるとわかっていたから、仕方なく会わせることにした。

「はじめまして、白雪咲乃です」

 最初の咲乃は、普通に笑顔だった。
 それが崩れるまで、そう時間はかからなかった。

 圭と冬夜が自己紹介をして、夢原の番になった。

「隼人、本当にこの子でいいの? なんか地味だけど」

 夢原は名乗るよりも先に、そう言った。
 それを聞いてから、咲乃から笑顔が消えた。

「ごめんね、咲乃ちゃん。純恋ちゃん、隼人のこととなると、手がつけられなくなっちゃうんだ」

 すかさず圭がフォローしてくれたけど、咲乃に笑顔が戻ってくることはなかった。

「……ヤキモチ?」

 圭たちが夢原を連れて帰ってくれてから、そう聞いてみた。
 心のどこかで、そうあってほしいと思った。

 だが、咲乃は首を横に振った。

「そんな、可愛いものじゃないです」

 それ以外にないだろうと思っていたから、ほかになにがあるのかわからなかった。

「私、大切な人と一緒にいる時間が大好きなんですけど、それを邪魔しようとする人を、なんというか……嫌いだって思っちゃうんです」

 そんなことがあるのかと思ったが、あの態度を見たからか、腑に落ちた。