ところが、驚くことに赤髪は席を立って、移動し始めた。同じく、銀髪も移動している。

 先生を見ると、な?と笑っている。

 私は軽く頭を下げ、窓際の一番後ろの席に行った。

 どうなることかと思ったが、意外とやっていけるかもしれない。

 それから待つこと二十分。ほとんどの席が埋まった。
 だが、廊下側の一番後ろの席には誰も座っていない。

「ねえ(ふじ)、隼人はどうしたの? サボり?」

 すると、前の席の女子が、私の隣の席のメガネ男子に話しかけた。
 その中に新城隼人と同じ名前が聞こえたから、思わず彼女の顔を見てしまった。

 黒髪で毛先は赤。上手くウェーブがかけられている。
 化粧も完璧で、香水だろうか、甘い香りがする。
 制服の着こなしも可愛らしい。ピンクセーターはよく似合っているし、大きくボリュームのあるリボンもその可愛らしさをアップさせている。

 この子は自分の見せ方をよくわかっている。とても可愛い。
 まあ、なにもしなくても可愛い咲乃には勝てないが。

 すると、彼女は私の視線に気付き、睨んできた。
 今日はよく睨まれるが、女の子に睨まれても恐怖はまったく感じないどころか、可愛いと癒されてしまう。

「なに? 地味女が見ないでよ」

 なるほど、私はそのポジションか。

 しかしさっきの言い方とは異なりすぎている。そこまで敵意を向けてこなくてもいいだろうに。

「だいたい、なんで真面目なあんたがここにいるわけ? アウェイだってわかんない?」

 それは来た瞬間から感じていることだから、わざわざ言われなくてもわかる。

「落ち着きなさい、言い過ぎですよ」

 メガネ男子に止められても、気が済んでいなさそうだ。
 いまだに睨まれている。

 というか、このメガネ男子は地味男とはならないのだろうか。彼も真面目そうだが。

「藤はこの女の味方をするの?」

 彼に話すときは、声が柔らかくなる。

 そんなに私が嫌いか。

「絡む相手を間違えるなって言ってるんです」

 彼女は頬を膨らませている。

 それもまた可愛らしくて、つい笑ってしまった。
 この状況で笑うと雰囲気を悪化させてしまうとわかっているから、必死に隠したつもりだが、遅かったらしい。

「なにがおかしいの」

 ここは素直に白状したほうがよさそうだ。

「君が可愛いなと思っただけだ、なにもおかしくなんてない」

 彼女は疑いの目を向けてきた。
 そんなに信用がないのだろうか。

 頭の先から胸元まで、しっかりと見られる。
 そして鼻で笑われた。

「まあ、あんたに比べればね」

 生憎、自分のことを可愛いと思ったことなどないから、その皮肉は痛くも痒くもないが、そこまで吟味しなくてもいいだろう。

「そんなことより、今話していた隼人というのは、新城隼人のことか?」

 彼女を可愛いというのをそんなこと扱ったからか、それとも新城隼人という名を出したからかはわからないが、彼女は鋭い目付きで見てきた。
 可愛い顔が台無しだ。

「あんたも隼人狙い?」

 後者だったらしい。

 別に狙っているというわけではないが、否定すると説明を求められそうだ。
 ここはそういうことにしておいたほうが、話が進むかもしれない。

「あんたも、ということは君も好きなのか」
「中学で出会ってからずっとね」

 威張ることとは思えないのだが、彼女は胸を張った。

「隼人は今、傷心中なの。あんたみたいな地味女じゃ、隼人の傷は癒せない」

 なぜ私が奴の傷を癒してやらなければならない。

 そう思ったが、今は話を合わせる時間だ、堪えてくれ、私。

「なにかあったのか?」
「隼人のことを好きって言いながら、そんなことも知らないの?」

 奴に関する情報は名前とクラスしかしらない。だが、私が知る必要はないだろう。

「隼人はね、彼女にフラれたばかりで生きた屍みたいになってて」

 それはつまり、咲乃が別れてほしいと言ったということか?

 いや、ありえない。あれだけ新城隼人と付き合えたと幸せそうに語っていたのに、咲乃から別れを告げるなど、考えられない。

 ということは、私が探している新城隼人とは別人ということなのだろうか。

「ちょっと、聞いてるの?」

 彼女の耳を刺すような声で現実に戻る。

「悪い、考えごとをしていた」

 正直に言うと、彼女は信じられないと言って、前を向いてしまった。
 もう少し情報を集めたかったのだが、これ以上は難しそうだ。

 メガネ男子に聞いてみるか。

「新城隼人と彼女は上手くいっていなかったのか?」

 自分に話しかけられると思っていなかったらしく、メガネ男子は自分を指さして首を捻った。頷いて、お前に聞いたのだと伝える。

「僕には仲が良さそうに見えましたよ。白雪さん、いえ、隼人の彼女は全身で隼人を好きだと言っているようでした」

 一旦、情報を整理しよう。

 まず、このクラスにいる新城隼人は、私が探している人物で間違いなさそうだ。
 メガネ男子が口を滑らせてくれて助かった。

 そして、上手くいっていたということは、咲乃が別れを告げたとは考えにくい。
 全身で好きを表していたと言うのだから、その可能性は高い。

 いや、それは私がそうだろうと思うだけで、もしかしたらなにか事情があったのかもしれない。
 それこそ、急に気持ちが冷めてしまうような、なにかが。

 そして別れを告げたことにより、新城隼人が逆上し、咲乃を階段から突き落とした。