レイ君と別れてからの三ヶ月はあっという間だった。私がドナーとなるための検査や未成年ということもあり誰かに強制されての移植ではないか、ということの確認などがあった。その間、何度も両親からは『やめてもいいんだよ』『無理しなくてもいいんだよ』と言われたけれど私は首を縦に振らなかった。
お姉ちゃんからは『そんなこと望んでいない』と泣かれてしまったけれど、最終的に私の意志が固いとわかったのか諦めたようだった。
本当に不安がないか、と言われたら嘘になる。ドナーになるにあたってたくさん受けた説明の中には移植といえど手術は手術。全身麻酔でおこなわれるから万が一のことがないとは言えない、と先生に言われた。
レイ君と出会う前の私は、死ぬことなんて怖くなかった。早く死んで全てから解放されたいとそう思っていた。
でも、今の私は違う。今まで流されるままに生きてきたけれど将来についても考えたい。行きたいところもある。大切にしてくれる家族もいる。それから、もう一度会いたい人もいる。だから、死ねない。死にたくない。
私の顔色が変わったのがわかったのか、先生は優しく微笑んだ。
「移植の予定日までまだ一ヶ月あります。もう少し考えましょうか」
「でも……!」
「移植はね、ドナーとなってくれる人にほんの少しでも不安や迷いがあればしない方がいいんです。今回はレシピエント《臓器移植希望者》がお姉さんということもあってマイナスなことは言いにくいかもしれない。でも、あなたには「したくない」という権利があるの。前日でも手術当日でも、それこそ手術室に行く直前まで、あなたには「やっぱり無理という権利があるのよ」
先生の言葉は優しくて、私のことを心配してくれているのがわかって、それ以上何も言えなかった。
お姉ちゃんのところへ行ってから帰るという両親と別れ、私は一人病院の屋上へと向かった。お昼過ぎから話を聞いていたはずなのに、いつの間にか空には月が昇っていた。
ここからだと、レイ君と一緒に過ごした鉄橋がうっすらと見える。彼はまだあそこにいるのだろうか。もしかしたらあのまま消えてしまったのかもしれない。きっと会いに来てくれると信じているけど、たまに無性に不安になるときがある。
「レイ君、今何をしてるの」
私はポケットから取り出したレイ君のストラップを握りしめた。預かったままのストラップ。いつか本当に返せる日が来るのだろうか。
「レイ君、遅いよ。早く来てくれないと、私――」
夜空に輝く青い月に願いを込める。早くレイ君が目覚めますように、と。
「うん、大丈夫」
私は顔を上げた。いつかレイ君が目覚めたときに、恥じない自分でありたい。そのためにも、自分で決めたことをきちんと終わらせよう。他の誰でもない、これは私が決めたことなんだから。
「待ってるからね」
そう呟くと、私は屋上を後にした。誰もいなくなった屋上を、青い月が優しく照らしていた。
先生に移植についての説明を再開してもらい、そしてあっという間に手術の日はやってきた。数日前から入院していた私は、手術着に着替えるとお姉ちゃんの部屋へと向かった。これから私たちは隣り合った部屋で手術を受けるそうだ。
「緊張してる?」
「まあね。お姉ちゃんは?」
「少しだけ。でも、隣の部屋に二葉がいてくれるから」
これでようやくお姉ちゃんの入院生活が終わるんだ。そう思うと、やっぱり嬉しくて仕方がない。結局、私はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
私はいつかした質問を、もう一度投げかけた。
「ねえ、お姉ちゃん。退院したら何がしたい?」
「んー、二葉と一緒に出かけたい」
「私と? ってか、お願い事は叶うまで秘密なんじゃなかったの?」
「もういいの。それにこれはお願い事じゃなくて、未来の予定だから」
「未来の予定?」
思わず聞き返した私に、お姉ちゃんは優しく笑いながら頷いた。
「そう。未来の予定。願望なんかじゃなくて、必ず元気になって二葉と出かけるっていう未来の約束」
「約束、か。なら、守らなきゃね」
「うん、約束は必ず守らなきゃ。私ね、二葉にお姉ちゃんらしいことなんにもできなかったから。これから先、二葉が困ったり大変なことがあったりしたとき真っ先に手を差し伸べたい。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから」
お姉ちゃんの目に涙が浮かんでいるのが見えて、私はそっと手を伸ばすと涙を拭うと小さく笑った。
「お姉ちゃんなのに泣いてるじゃん」
「あ……。ホント、情けないお姉ちゃんだよね」
「でも、そんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、二葉のことが大好きよ」
コンコンというノックの音が聞こえて看護師さんが私たちを呼びに来た。
ストレッチャーに乗せられて私たちはそれぞれ運ばれていく。
ねえ、レイ君。あなたに出会えて私の、ううん。私たちの未来は変わった。
ねえ、レイ君。今、あなたはどこにいますか? まだあの鉄橋で一人、青い月を見つめていますか?
ねえ、レイ君。私、待ってるから。あなたが会いに来てくれる日を――。
12時間にわたる手術は無事成功した。お姉ちゃんよりも早く病室に戻った私は、目が覚めると今まで感じたことのない痛みに襲われ、そして手術が終わったことを実感した。
あの日から一週間。ようやく今日、私は退院だ。
お姉ちゃんはもう少し入院しなければいけないらしいけど、あと一週間ぐらいで家に帰ってこられるだろうと担当の先生が話していた。
レイ君と出会った頃は秋の終わりだった空も、すっかり冬の空に変わっていた。春が来て夏が過ぎまた秋が来る頃にはレイ君と再会できているのだろうか。
荷物をまとめてあとはお母さんが迎えに来てくれるのを待つだけ。そう思っていた私の耳にノックの音が聞こえた。お母さんだろうか? それとも看護師さんが何かの説明に?
「はーい」
返事をするけれど、ドアは開かない。どうかしたのかと、私は座っていたベッドから降り、入り口へと向かった。
「なにかありま、し……た、か」
「――久しぶり」
そこには車椅子に乗ったレイ君の姿があった。鉄橋にいた頃の透けた顔でもなく、病室で眠っていた青白い顔でもない、一緒にいた頃より少し大人びた表情でレイ君がいた。
「レイ、君」
「その名前は、もうやめてよ」
「レイ君!!」
苦笑いを浮かべるレイ君に、私はかまわず抱きついた。車椅子の上で体勢を崩しそうになりながらも、私の身体を抱き留めるとレイ君は優しく背中を撫でた。
「ただいま、二葉」
「おかえり! レイ君!」
ギュッと抱きしめたレイ君――ううん、遠矢君の身体は温かくて、優しかった。心臓の音が伝わってくる。ああ、生きてる。遠矢君が生きてる。生きてるんだ。
初めて触れた遠矢君の身体は、少し骨っぽくて、どこか弱々しくて、でもちゃんと生きている人間のそれだった。
「やっと、二葉に会えた」
「いつ、意識が戻ったの?」
「一ヶ月ぐらい前かな。二葉が鉄橋に来なくなってからもどうしても動き出せなくて。でも、一ヶ月ぐらい前のある日、なぜか二葉に呼ばれた気がしたんだ」
「一ヶ月前……もしかして」
それは私が屋上で一人、レイ君のことを考えていたあの日だった。不安に駆られて、でもレイ君に恥じない自分でいたいとそう思い直したあの日。
「それで、二葉に会いたいって思ったんだ。もう一度、二葉に会ってそれでこの手で二葉に触れたいって」
「私も、ずっとレイ君に触れたかった」
私たちは顔を見合わせて笑った。いつの間にか、私たちの頬を涙が伝い落ちていた。
「手術は無事終わったの?」
「うん、お姉ちゃんはもう少し入院が必要だけど私は今日退院だよ」
「そっか。……強くなったね」
「そうかな?」
「うん、もう俺なんていなくてもいいぐらいに」
寂しそうに微笑むレイ君に私は首を振る。そして、ポケットの中からあのストラップを取りだした。
「これ……」
「私のそばにはずっとレイ君が、遠矢君がいてくれたよ。これがあったから頑張れた。不安なときも、寂しいときも、ずっとこのストラップが私を支えてくれていたよ」
「二葉……。俺も同じだ」
レイ君は入院着のポケットから何かを取り出すと私に差し出した。
それは、私がまだ意識が戻らない遠矢君の手に握らせた空色のストラップだった。
「目が覚めて、これが手の中にあったからビックリしたよ。でも、それと同じぐらい二葉の存在を近くに感じられて胸の奥が温かくなった。目覚める前も、目覚めてからもこれがあることで二葉と繋がってるようなそんな気持ちになれたんだ」
「レイ君……」
「もう俺はレイじゃない。遠矢って呼んでよ」
「遠矢、さん」
その呼び方は照れくさくて、でももう彼が幽霊じゃないのだと思い知らせてくれる。
彼は幽霊のレイ君じゃなくて、生きている遠矢君なんだ。
「でも、優一がビックリしてたよ」
「え?」
何かを思い出したように遠矢君がくつくつと笑う。唐突に出てきた優一さんの名前に私の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。そんな私に、遠矢君は笑いをかみ殺しながら説明してくれた。
「二葉、優一と一緒に俺に二葉が持ってる方のストラップを持ってきてくれてたでしょ? なのに、目覚めた俺が持ってるストラップがそのときのと変わってて、川のそばにずっとあったから変色したのか、とか俺が握りしめ続けてたから色が変わったのかとかなんか色々言って唸ってた」
優一さんも、まさかストラップが入れ替わってるとは思わなかったのだろう。そのときの様子を思い浮かべて申し訳ないやらでもバレなくてよかったやら複雑な気持ちになる。
けれど、そんな私の気持ちになんて気づくことなく、遠矢君は言った。
「俺は目覚めたときにあったのが、二葉のこのストラップで嬉しかったけど」
「そんなこと言ったら優一さんガックリしちゃうよ」
「まあね。あ、そうだ。二葉に俺、言い忘れてたことがあって」
「え?」
身体を離した私に、遠矢君は思い出したように言う。忘れていたこと? 何か、あったっけ。
不思議そうな顔をする私に、遠矢君は優しく微笑んだ。
「遅くなっちゃったけど、18歳の誕生日おめでとう」
「っ……ホントに、遅いよ」
「あの日言いそびれたから。ねえ、二葉。今更だけど誕生日プレゼント贈らせてよ。何がいい?」
そんなの決まってる。
「遠矢君と、二人で出かけたい。鉄橋じゃなくて、その向こうに続く場所に、二人で」
私の答えに遠矢君は嬉しそうに微笑む。
いつか二人で出かけよう。青い空の下を、降り注ぐ太陽の光の下を、二人で手を繋いで。
お姉ちゃんからは『そんなこと望んでいない』と泣かれてしまったけれど、最終的に私の意志が固いとわかったのか諦めたようだった。
本当に不安がないか、と言われたら嘘になる。ドナーになるにあたってたくさん受けた説明の中には移植といえど手術は手術。全身麻酔でおこなわれるから万が一のことがないとは言えない、と先生に言われた。
レイ君と出会う前の私は、死ぬことなんて怖くなかった。早く死んで全てから解放されたいとそう思っていた。
でも、今の私は違う。今まで流されるままに生きてきたけれど将来についても考えたい。行きたいところもある。大切にしてくれる家族もいる。それから、もう一度会いたい人もいる。だから、死ねない。死にたくない。
私の顔色が変わったのがわかったのか、先生は優しく微笑んだ。
「移植の予定日までまだ一ヶ月あります。もう少し考えましょうか」
「でも……!」
「移植はね、ドナーとなってくれる人にほんの少しでも不安や迷いがあればしない方がいいんです。今回はレシピエント《臓器移植希望者》がお姉さんということもあってマイナスなことは言いにくいかもしれない。でも、あなたには「したくない」という権利があるの。前日でも手術当日でも、それこそ手術室に行く直前まで、あなたには「やっぱり無理という権利があるのよ」
先生の言葉は優しくて、私のことを心配してくれているのがわかって、それ以上何も言えなかった。
お姉ちゃんのところへ行ってから帰るという両親と別れ、私は一人病院の屋上へと向かった。お昼過ぎから話を聞いていたはずなのに、いつの間にか空には月が昇っていた。
ここからだと、レイ君と一緒に過ごした鉄橋がうっすらと見える。彼はまだあそこにいるのだろうか。もしかしたらあのまま消えてしまったのかもしれない。きっと会いに来てくれると信じているけど、たまに無性に不安になるときがある。
「レイ君、今何をしてるの」
私はポケットから取り出したレイ君のストラップを握りしめた。預かったままのストラップ。いつか本当に返せる日が来るのだろうか。
「レイ君、遅いよ。早く来てくれないと、私――」
夜空に輝く青い月に願いを込める。早くレイ君が目覚めますように、と。
「うん、大丈夫」
私は顔を上げた。いつかレイ君が目覚めたときに、恥じない自分でありたい。そのためにも、自分で決めたことをきちんと終わらせよう。他の誰でもない、これは私が決めたことなんだから。
「待ってるからね」
そう呟くと、私は屋上を後にした。誰もいなくなった屋上を、青い月が優しく照らしていた。
先生に移植についての説明を再開してもらい、そしてあっという間に手術の日はやってきた。数日前から入院していた私は、手術着に着替えるとお姉ちゃんの部屋へと向かった。これから私たちは隣り合った部屋で手術を受けるそうだ。
「緊張してる?」
「まあね。お姉ちゃんは?」
「少しだけ。でも、隣の部屋に二葉がいてくれるから」
これでようやくお姉ちゃんの入院生活が終わるんだ。そう思うと、やっぱり嬉しくて仕方がない。結局、私はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
私はいつかした質問を、もう一度投げかけた。
「ねえ、お姉ちゃん。退院したら何がしたい?」
「んー、二葉と一緒に出かけたい」
「私と? ってか、お願い事は叶うまで秘密なんじゃなかったの?」
「もういいの。それにこれはお願い事じゃなくて、未来の予定だから」
「未来の予定?」
思わず聞き返した私に、お姉ちゃんは優しく笑いながら頷いた。
「そう。未来の予定。願望なんかじゃなくて、必ず元気になって二葉と出かけるっていう未来の約束」
「約束、か。なら、守らなきゃね」
「うん、約束は必ず守らなきゃ。私ね、二葉にお姉ちゃんらしいことなんにもできなかったから。これから先、二葉が困ったり大変なことがあったりしたとき真っ先に手を差し伸べたい。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから」
お姉ちゃんの目に涙が浮かんでいるのが見えて、私はそっと手を伸ばすと涙を拭うと小さく笑った。
「お姉ちゃんなのに泣いてるじゃん」
「あ……。ホント、情けないお姉ちゃんだよね」
「でも、そんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、二葉のことが大好きよ」
コンコンというノックの音が聞こえて看護師さんが私たちを呼びに来た。
ストレッチャーに乗せられて私たちはそれぞれ運ばれていく。
ねえ、レイ君。あなたに出会えて私の、ううん。私たちの未来は変わった。
ねえ、レイ君。今、あなたはどこにいますか? まだあの鉄橋で一人、青い月を見つめていますか?
ねえ、レイ君。私、待ってるから。あなたが会いに来てくれる日を――。
12時間にわたる手術は無事成功した。お姉ちゃんよりも早く病室に戻った私は、目が覚めると今まで感じたことのない痛みに襲われ、そして手術が終わったことを実感した。
あの日から一週間。ようやく今日、私は退院だ。
お姉ちゃんはもう少し入院しなければいけないらしいけど、あと一週間ぐらいで家に帰ってこられるだろうと担当の先生が話していた。
レイ君と出会った頃は秋の終わりだった空も、すっかり冬の空に変わっていた。春が来て夏が過ぎまた秋が来る頃にはレイ君と再会できているのだろうか。
荷物をまとめてあとはお母さんが迎えに来てくれるのを待つだけ。そう思っていた私の耳にノックの音が聞こえた。お母さんだろうか? それとも看護師さんが何かの説明に?
「はーい」
返事をするけれど、ドアは開かない。どうかしたのかと、私は座っていたベッドから降り、入り口へと向かった。
「なにかありま、し……た、か」
「――久しぶり」
そこには車椅子に乗ったレイ君の姿があった。鉄橋にいた頃の透けた顔でもなく、病室で眠っていた青白い顔でもない、一緒にいた頃より少し大人びた表情でレイ君がいた。
「レイ、君」
「その名前は、もうやめてよ」
「レイ君!!」
苦笑いを浮かべるレイ君に、私はかまわず抱きついた。車椅子の上で体勢を崩しそうになりながらも、私の身体を抱き留めるとレイ君は優しく背中を撫でた。
「ただいま、二葉」
「おかえり! レイ君!」
ギュッと抱きしめたレイ君――ううん、遠矢君の身体は温かくて、優しかった。心臓の音が伝わってくる。ああ、生きてる。遠矢君が生きてる。生きてるんだ。
初めて触れた遠矢君の身体は、少し骨っぽくて、どこか弱々しくて、でもちゃんと生きている人間のそれだった。
「やっと、二葉に会えた」
「いつ、意識が戻ったの?」
「一ヶ月ぐらい前かな。二葉が鉄橋に来なくなってからもどうしても動き出せなくて。でも、一ヶ月ぐらい前のある日、なぜか二葉に呼ばれた気がしたんだ」
「一ヶ月前……もしかして」
それは私が屋上で一人、レイ君のことを考えていたあの日だった。不安に駆られて、でもレイ君に恥じない自分でいたいとそう思い直したあの日。
「それで、二葉に会いたいって思ったんだ。もう一度、二葉に会ってそれでこの手で二葉に触れたいって」
「私も、ずっとレイ君に触れたかった」
私たちは顔を見合わせて笑った。いつの間にか、私たちの頬を涙が伝い落ちていた。
「手術は無事終わったの?」
「うん、お姉ちゃんはもう少し入院が必要だけど私は今日退院だよ」
「そっか。……強くなったね」
「そうかな?」
「うん、もう俺なんていなくてもいいぐらいに」
寂しそうに微笑むレイ君に私は首を振る。そして、ポケットの中からあのストラップを取りだした。
「これ……」
「私のそばにはずっとレイ君が、遠矢君がいてくれたよ。これがあったから頑張れた。不安なときも、寂しいときも、ずっとこのストラップが私を支えてくれていたよ」
「二葉……。俺も同じだ」
レイ君は入院着のポケットから何かを取り出すと私に差し出した。
それは、私がまだ意識が戻らない遠矢君の手に握らせた空色のストラップだった。
「目が覚めて、これが手の中にあったからビックリしたよ。でも、それと同じぐらい二葉の存在を近くに感じられて胸の奥が温かくなった。目覚める前も、目覚めてからもこれがあることで二葉と繋がってるようなそんな気持ちになれたんだ」
「レイ君……」
「もう俺はレイじゃない。遠矢って呼んでよ」
「遠矢、さん」
その呼び方は照れくさくて、でももう彼が幽霊じゃないのだと思い知らせてくれる。
彼は幽霊のレイ君じゃなくて、生きている遠矢君なんだ。
「でも、優一がビックリしてたよ」
「え?」
何かを思い出したように遠矢君がくつくつと笑う。唐突に出てきた優一さんの名前に私の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。そんな私に、遠矢君は笑いをかみ殺しながら説明してくれた。
「二葉、優一と一緒に俺に二葉が持ってる方のストラップを持ってきてくれてたでしょ? なのに、目覚めた俺が持ってるストラップがそのときのと変わってて、川のそばにずっとあったから変色したのか、とか俺が握りしめ続けてたから色が変わったのかとかなんか色々言って唸ってた」
優一さんも、まさかストラップが入れ替わってるとは思わなかったのだろう。そのときの様子を思い浮かべて申し訳ないやらでもバレなくてよかったやら複雑な気持ちになる。
けれど、そんな私の気持ちになんて気づくことなく、遠矢君は言った。
「俺は目覚めたときにあったのが、二葉のこのストラップで嬉しかったけど」
「そんなこと言ったら優一さんガックリしちゃうよ」
「まあね。あ、そうだ。二葉に俺、言い忘れてたことがあって」
「え?」
身体を離した私に、遠矢君は思い出したように言う。忘れていたこと? 何か、あったっけ。
不思議そうな顔をする私に、遠矢君は優しく微笑んだ。
「遅くなっちゃったけど、18歳の誕生日おめでとう」
「っ……ホントに、遅いよ」
「あの日言いそびれたから。ねえ、二葉。今更だけど誕生日プレゼント贈らせてよ。何がいい?」
そんなの決まってる。
「遠矢君と、二人で出かけたい。鉄橋じゃなくて、その向こうに続く場所に、二人で」
私の答えに遠矢君は嬉しそうに微笑む。
いつか二人で出かけよう。青い空の下を、降り注ぐ太陽の光の下を、二人で手を繋いで。