レイ君に言った言葉通り、今日も私はカンカンという足音を立てながら鉄橋を歩き、レイ君の元を訪れた。土曜日ということもあり、朝からやってきた私は鉄橋で夜が来るまでの時間をひたすらにレイ君と過ごした。
「やあ、土曜日だっていうのに今日も来てくれたんだね」
「私が来なきゃレイ君が退屈だと思って」
「そりゃどうも」
私の言葉に、レイ君はくつくつと笑った。
ここに来たからといって何をするわけでもない。鉄橋の上から川の流れを見つめたり、レイ君ととりとめのない話をしたり。
でも、お母さんの言いつけを破ってお姉ちゃんのところに行かずにこうやっているっていうだけでどこか気持ちがスッキリした。
「私ね、ずっといい子だったの」
「二葉が? へえ?」
来たときは青空が広がっていた空も、いつの間にか沈み始めた夕日によって赤く染まり始めている。もうすぐ帰らなければいけない時間が来る。
そんな夕暮れに反発するように、私はとりとめのない話を始めた。
「意外そうね。でも、ホント。お姉ちゃんが入院してお父さんもお母さんも大変なんだから私まで迷惑かけちゃいけないってずっと思ってた。言うことを聞いて言いつけを守って……そうしたらきっとお父さんもお母さんも私のことを好きでいてくれるって」
逆に言えばそれ以外に両親から愛される方法がわからなかった。いつだってお姉ちゃんのことをしか考えていない両親。参観日も運動会もお姉ちゃんの具合が悪くなれば「ごめんね」と言われ、遊園地に行きたいと言っても「お姉ちゃんが一緒に行けるようになったらね」と言われ続けてきた。失敗すれば「お姉ちゃんは病院で頑張ってるんだから二葉も頑張りなさい」って。いつだって口を開けばお姉ちゃんお姉ちゃん、私だけを見てくれることなんてなかった。
それでもいい子にしていれば私のことを好きでいてくれるってそう思ってたけど、もうそれも駄目かもしれない。
「でもね、私ここに来るようになってから、一回もお姉ちゃんのところ行ってないんだ」
「……そっか」
レイ君が隣で指折り数えるのが見えた。ここに来るようになって、今日で五日。もう諦めているのか病院に寄ってきてとも言われなくなった。せいせいしたはずなのに、もうあなたになんて頼まないわと言われているようで辛い。自分から拒絶しておいて辛いなんて言う資格ないのはわかっているのだけれど。
「私なんてさっさと死んだ方がいいと思うんだけどなー」
手すりにもたれながらポツリと呟くと空を仰ぐ。来たときは日の暮れかかった空は赤と青が混ざったような色をしている。そんな私に、レイ君は困ったように笑った。
「まあまあ。誕生日までまだまだ日はあるんだからさ。それにほら、二葉が死ぬまでの四週間は俺がもらったわけだしね」
それはたしかにそうだ。そうなんだけど、でもここに来たところでこうやって喋っているだけで特に何があるわけでもない。
そう思った私の疑問に答えるように、レイ君は口を開いた。
「二葉にはお願いしたいことがあるんだよね」
「お願いしたいこと? 何それ」
「ここってさ、二葉も知ってると思うんだけど有名な自殺スポットでしょ」
レイ君の言葉に私は頷く。
この街に住んでいる人で、知らない人はいない。かつては使われていたらしいこの鉄橋は、いつかの地震でトンネルが埋まってしまいそれっきり使われなくなったそうだ。今ではどこにも行くことのできないこの鉄橋から自殺して、あの世に行く人があとをたたないのだとか。
「っていっても、噂だけだったみたいだけど」
「どうしてそう思うの?」
「だって私がここに通うようになってから、自殺しようとする人なんて一度も見てないから」
「ああ、それは二葉のおかげだよ」
「私の?」
レイ君の言葉の意味がわからず首をかしげる。私のおかげで自殺する人がいないというのはどういうことだろう。別に私は何もしていないし、なんならここに来る人を見かけてすらいないのに。
「この間、二葉もここから飛び降りようとしたよね」
「うん、したね」
「そのときに、もしも先客がいたらどうした?」
「先客?」
「そう。ここに誰かがいて、まあ飛び降りようとしてたり喋ったりしてたら」
「なんとなく気まずいというか……とりあえず別の日にしようって思うかな」
そこまで言って、レイの言いたいことがようやくわかった。つまり、私がここにいたせいで、飛び降りようとした人がここに来ることができなかったと言いたいらしい。
「抑止力ってこと?」
「そういうこと」
「そんなことあるわけないじゃん。少なくとも本当に死のうと思ってたら私がいたって死ぬだろうし、もしここで死ななかったとしても違うところで死ぬだけだよ」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
「どういうこと?」
本格的にレイ君の言っていることが理解できない。そんな私にレイ君は優しく微笑む。
「一瞬でも冷静になれば意外と死なずにすむ人もいるかもしれないってことだよ。二葉だって経験ない? カッとなっているときに思ってもみないことを勢いでやっちゃうこと」
「そりゃ、なくはないけど……」
「あれと一緒でね、やけくそで『もう死んでやる!』って思って本当に死んじゃう人もいる。でも、その一瞬を超えて例えばお腹空いたな、とかあの漫画の続きどうなったっけなんて思ってるうちに少しだけそんな気持ちがそれちゃえるようなそんな人もいるんだよ」
それは、今までレイ君がここで出会ってきた人のことなのだろうか。
「そうやって自殺しようとした人を止めてきたの?」
「――僕に止められるのなんてほんの少しの人だけだよ。そもそも僕に気づいてくれる人だってそういないんだから。だいたいの人は僕が止める声も聞こえないまま、ここから飛び降りていくよ」
レイ君は眉をひそめると、何かを思い出したかのように目を閉じる。
いつからここにいるのかわからないとレイ君は言う。でも、きっとこの場所で何人もの人が命を絶つのを見続けたんだろう。それがどんなに苦しいことなのか、想像するのは難しくない。
「だからさ、僕の声が届かない人に、二葉が声をかけてあげてほしいんだ。声をかけられなくてもいい。ここに二葉がいるだけで思いとどまれる人もいると思うから」
「……思いとどまって、それが本当にその人の幸せになるのかな」
死にたいと思うぐらい思い詰めているのに、思いとどまって現実に戻って、それが本当に幸せなのだろうか。だって、その人の現実は死にたいぐらい辛いもののはずなのに。
「わからない。でも、死ぬ勇気を出すぐらいなら生きるために何かを棄てる勇気も出せると思うから」
「……そうなのかな」
レイ君の言葉が全て正しいかどうかなんて私にはわからない。生きることも死ぬことと同じぐらい辛い人だってきっといると思うから。
少なくとも、今の私は生きることよりも死ぬことの方がずっと幸せだと思う。それが逃げだと言われても、私にとって今、それが最善の選択なんだ。
でも。
「まあここにいるだけでいいなら、別にいいよ」
レイ君の言うとおり、そうじゃない人もいるのかもしれない。誰かがここにいたぐらいで死ぬのをやめるぐらいなら、きっとその人は死なない方がいいのだろう。だってそんな些細なことが、死ねない理由になってしまえるのだから。それは幸せな事だと思うから。
私はレイ君の隣で暗闇に浮かぶ月を見つめる。その月は泣きたいぐらいに綺麗だった。
そろそろ帰ろうか、そう思って立ち上がったとき、私は鉄橋の入り口に誰かがいることに気づいた。その人は、辺りをキョロキョロしながらやってくると、橋の下をジッと見つめていた。
「あれって……」
「ああ、多分そうだと思う。自殺志願者だ」
レイ君が頷いたのを見て、私はそっと足を進めた。その人は手すりに足をかけようとして、やめた。迷っているのかもしれない。
私はさっきのレイ君の言葉を思い出す。私に誰かの自殺を止める抑止力になんて本当になれるのだろうか。レイ君はいてくれるだけでいいと言った。でも……。
「こ、こんばんは」
動揺しているのを隠すように落ち着いて声をかけようと思ったのに、実際に口から出た声はうわずっていて、ガチガチに緊張していますと言わんばかりだった。
でも、目の前のおじさんはそんなこと気にする余裕もないようで、声をかけた私を見て慌てて足を堕ろすと、私の何倍も動揺した声を出した。
「……こんばんは」
うちのお父さんと変わらないぐらいかもう少し年上だろうか。土曜日だというのにスーツを着たその人は、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「ど、どうしたの? こんな時間に、こんなところに女の子が一人でいたら危ないよ」
どうやらレイ君の姿は見えていないらしく、心配そうにそう言った。お酒を飲んでいるのか足下には空になったビールの空き缶が転がっていた。
「もう帰ろうとしてたんです。おじさんはどうしたんですか? こんなところに一人で」
「あ、いや……その……なんていうか」
「まさかと思うんですが、自殺とか……?」
私の言葉に、おじさんが息をのんだのがわかった。レイ君の見立て通り、やはり自殺だった。でもそうなると止めてしまって本当によかったのだろうか。いや、さっきレイ君が言ってたじゃない。本当に死のうとしている人は、私がいてもいなくても自殺するって。
この人が思いとどまったのなら、きっとそれは本気じゃなかったんだ。
「ち、違うよ。ただほら、星が綺麗だったからつい足を止めたんだ」
「本当ですか?」
「……いや、本当は君の言うとおりだよ。ここから飛び降りようとしたんだ」
おじさんは手すりを背もたれにすると、ずるずるとずり落ちるようにして鉄橋に座り込んだ。どうしていいかわからず、でも話を聞いた方がいいだろうと思い、私もその横に腰掛けた。
そんな私におじさんはぽつりぽつりと話し始める。
「おじさんね、こう見えてもちょっと大きい会社で部長をしてたんだ」
「凄いですね」
素直に感嘆の声を上げる。でも、『してたんだ』という言い方が引っかかる。今もその役職についているのであれば『してるんだ』というはずだ。と、いうことは降格させられたかもしくは――。
「でも、先週リストラされちゃってね」
「そう、なんですか」
ああ、やっぱり。そうじゃないかと思った。
うなだれるようにして頭を下げるとおじさんは「ははっ」と小さく力なく笑った。
「この年が来て、リストラなんて情けないね。奥さんにも娘にもなんて言ったらいいか」
「娘さん、いらっしゃるんですか?」
「ああ、君と同じぐらいかな。近くの市立高校の二年生だ」
と、いうことは私の一つ年下だ。中学はもしかしたら一緒かもしれない。でも、それを知ってどうなるというわけでもなかったから詳しく聞くことはやめて「そうなんですか」とだけ相づちを打った。
「正直に言った方がいいのはわかってるんだけど、奥さんにまだ言えなくて……。今日もこうしてスーツを着て、休日出勤のふりをして家を出たんだ。そろそろ帰る時間だと思って歩いてたんだけど、このままいつまでも隠し続けられるわけじゃない。そう思ったらもう飛び込むしかないような気がして」
それで自殺しようとしてたんだ……。
話を聞くだけで胸が痛くなる。リストラされたくてされたわけでもない。働きたくないわけでもない。それでもこうやって仕事を失って、家族に言えず、今命すら失おうとしているなんて。
「でも、やっぱり言った方がいいと思いますよ」
「ああ、そうだよね」
「隠し事あると、よくないですし。できればちゃんと家族と話し合って、今後についても決めなきゃ」
「ああ、そうなんだ。君が言うことは正しい。正しいよ」
しょげかえった声でおじさんは言う。
家族ときちんと話した方がいい、なんてどの口が言うんだとレイ君には思われているかもしれない。私だってこんなことを言っている自分が滑稽だ。人にはいくらでも綺麗事が言えるのに、自分自身は……。
ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない。
もう一押しだ。
もう一押しして、ここから飛び降りるよりも家に帰る方がいいとそう思わせたい。私にしか止めることができないと、そう思うと胸の奥になんとも言いがたい感情がわいてくるのがわかる。
「娘さんは無理でも、とりあえず帰ってから奥さんに話してみたらどうですか? その為の夫婦じゃないですか」
少し前にスマホで読んだ雑誌の受け売りだった。本を読んでそれをなぞった言葉だからか、私が言うその言葉に深みも重みもない。でも、とにかく今はこの人にプラスの気持ちになってもらわなきゃ。自殺しようとした人をとめるって、そういう約束なんだから。
「大丈夫ですって、きっとわかってくれます。それに何か問題があってリストラされたわけじゃないんでしょう? なら、奥さんも『仕方ないわね』って許してくれますよ」
「そうかな……うん、そうだといいね」
「そうとわかったら、帰りましょう。私もちょうど帰るところだから一緒にこの鉄橋から出ましょ。それでお互いに家へと帰るんです。……私も、自宅には帰りたくなけど……でも、頑張って帰るからおじさんも頑張ってください」
おじさんはしばらく迷っているように目を泳がせながら黙り込んでいた。けれど、膝に手を当て立ち上がると「うん」と頷いた。
「君の言うとおりだね……。きちんと奥さんと話し合うよ」
「それがいいと思います。……約束ですよ」
「ああ、約束だ。……話を聞いてくれてありがとね」
おじさんは力なく笑うと、私に手を振って鉄橋を後にした。
レイ君に言われたとおり、自殺する人を止めることができた。これが正解なのかはわからないけれど、あのおじさんの自殺がしたいっていう気持ちは、私に阻まれる程度だったんだ。なら、思いとどまれるのなら、自殺なんてしない方がいい。そう、思いながら私も自宅への道のりを急いだ。
翌日は日曜日だった。朝起きてリビングに向かうと、テレビに見覚えのある鉄橋が映し出されていた。
「なんで……」
テレビの中でキャスターが今朝、川岸に沈んでいる遺体が発見されたと話していた。事件事故の両方で捜査をしていると。
でも、そんなキャスターの声が耳に入らないぐらい、私は画面に釘付けになっていた。そこに映っていた写真の人は――昨日、私と話をしたおじさんだったから。
「どうして……。だって、約束したのに」
奥さんと話をするって、約束だよって言ってたのになんで……?
もしかしたら事件か、酔っていたから事故かもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。だって約束したんだから。
「いってきます」
食欲がなくなった私は、机の上に置かれた牛乳だけ胃に流し込むと家を出た。
足早に鉄橋へと向かう。けれど川岸もそれから鉄橋の上も人がたくさんいて進むことができない。
鉄橋の上でせわしなく動き回る警察の人の横で所在なくポツンと佇むレイ君の姿が見えた。
結局、警察の人が引き上げたのはお昼過ぎだった。最初はたくさんいた野次馬も、警察の人がいなくなると同時にどこかへと散った。
私は、誰もいなくなった鉄橋を走ると、レイ君の元に駆け寄った。
「レイ君!」
「二葉」
「ねえ、今日川で遺体が発見されたって。昨日、私が話をしたおじさんだったってニュースで見て……」
「うん、そうだよ」
「そうだよって……」
取り乱す私と違って、レイ君は落ち着いていた。まるで、全てを知っているかのように。ううん、もしかしたら本当に知っているのかもしれない。
「見てたの?」
「……ああ」
「おじさんが飛び降りるところ、ジッと見てたの!?」
「っ……そうだよ」
「さいってー!」
私は感情のままレイ君を責めた。
「見殺しにしたの!? 私には止めろっていったじゃん! 目の前で死んでいくところをずっと見てたってこと!?」
わかってた。レイ君を見えないあのおじさんのことをどうにかできるはずなかったってことは。でも、それでも私は私が引き留めることができなかったという事実を受け入れられなくて、レイ君を責め続けた。
「どう、して」
「誰かに止められても、それでも死にたい想いをとめられない人もいるんだ。――あのおじさん、飛び降りる寸前に独りごちてた。二葉が引き留めてくれて嬉しかったって」
「じゃあ、なんで……」
「リストラされた自分ができるのは自殺して保険金を家族に渡すことだけだって。家のローンの支払いもなくなって、ある程度まとまったお金を家族に残せるのならそれが自分にとって一番の幸せだって」
「っ……くっ……」
あふれ出す涙が止まらない。あんな上辺だけの言葉じゃなくて、もっと伝えられることはあったんじゃないのか。あれが私じゃなくて、他の人だったならおじさんは死ななかったんじゃないのか。
「泣かないで」
「なんで、レイ君はそんなに、冷静なの……」
「二葉も知ってるだろう。ここは自殺スポットなんだ。何人も何人もここから飛び降りては自分の命を捨てる。そんな姿を俺は何度も何度も見てきてる」
「っ……最低!」
もう一度「最低」と罵ろうと顔を上げた私の目に映ったのは――痛いぐらいに握りしめたレイ君の拳だった。
たしかにレイ君は、ここから何度も飛び降りる人を見てきたのかもしれない。冷静に話ができるぐらい、何度も。
でも、だからといって目の前で人が飛び降りて辛くない人なんているわけがない。少しずつ傷ついている心に、気づかないふりをしているだけで。
「私が飛び降りても、そんな辛そうな顔をするの?」
「するって言ったら飛び降りるの、やめる?」
「やめないけど……」
「だと思った」
レイ君は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「大丈夫、二葉が飛び降りるとき俺は笑顔で見送ってあげるよ」
「バイバイって?」
「そう、次は幸せになってねって」
「優しいのか優しくないのかわかんないや」
死ぬことを応援されているようで複雑な気持ちだ。止められるよりよっぽどいいんだけど。
でも、赤の他人でたった一度話をしたことがあるだけのおじさんが死んであんなにも取り乱されるなら、例えば私が死ねばお父さんやお母さんは少しはショックを受けてくれるだろうか。
そこまで思って、私が自嘲する。二人が感じるそのショックはきっと、移植ができなくなってしまったことによるショックだから。私が大切だからじゃない、私の身体の中にある、お姉ちゃんにあげるためのパーツが大切なんだ。
「じゃあ、俺からも。二葉がここから飛び降りるときは、苦しんだり泣いたりしないで。俺が笑って見送れるようにちゃんと笑って飛び降りて」
「何それ」
「そうじゃないと、見送る俺も辛いでしょ」
「そんなものなの?」
でもまあ、そんな心配は無用だ。私はここから飛び降りることで全てから解放されるんだ。なのに苦しんだり泣いたりするわけがない。
「わかった。笑ってここから飛び降りる」
「約束だよ」
「約束……。あのおじさんも、約束したんだけどなぁ……ちゃんと、家に帰って奥さんと話をするって。ねえ、レイ君。約束ってなんなんだろうね。破っても守らなくてもいいならどうして約束なんてするんだろう」
「わからない。でも、俺は二葉とした約束はまもるよ」
「絶対?」
「絶対」
レイ君は小指を差し出す。つられるようにして私も小指を出したけれど絡まることなく宙を舞う。でも、どうしてか小指に触れる訳のないぬくもりを感じた気がした。
「やあ、土曜日だっていうのに今日も来てくれたんだね」
「私が来なきゃレイ君が退屈だと思って」
「そりゃどうも」
私の言葉に、レイ君はくつくつと笑った。
ここに来たからといって何をするわけでもない。鉄橋の上から川の流れを見つめたり、レイ君ととりとめのない話をしたり。
でも、お母さんの言いつけを破ってお姉ちゃんのところに行かずにこうやっているっていうだけでどこか気持ちがスッキリした。
「私ね、ずっといい子だったの」
「二葉が? へえ?」
来たときは青空が広がっていた空も、いつの間にか沈み始めた夕日によって赤く染まり始めている。もうすぐ帰らなければいけない時間が来る。
そんな夕暮れに反発するように、私はとりとめのない話を始めた。
「意外そうね。でも、ホント。お姉ちゃんが入院してお父さんもお母さんも大変なんだから私まで迷惑かけちゃいけないってずっと思ってた。言うことを聞いて言いつけを守って……そうしたらきっとお父さんもお母さんも私のことを好きでいてくれるって」
逆に言えばそれ以外に両親から愛される方法がわからなかった。いつだってお姉ちゃんのことをしか考えていない両親。参観日も運動会もお姉ちゃんの具合が悪くなれば「ごめんね」と言われ、遊園地に行きたいと言っても「お姉ちゃんが一緒に行けるようになったらね」と言われ続けてきた。失敗すれば「お姉ちゃんは病院で頑張ってるんだから二葉も頑張りなさい」って。いつだって口を開けばお姉ちゃんお姉ちゃん、私だけを見てくれることなんてなかった。
それでもいい子にしていれば私のことを好きでいてくれるってそう思ってたけど、もうそれも駄目かもしれない。
「でもね、私ここに来るようになってから、一回もお姉ちゃんのところ行ってないんだ」
「……そっか」
レイ君が隣で指折り数えるのが見えた。ここに来るようになって、今日で五日。もう諦めているのか病院に寄ってきてとも言われなくなった。せいせいしたはずなのに、もうあなたになんて頼まないわと言われているようで辛い。自分から拒絶しておいて辛いなんて言う資格ないのはわかっているのだけれど。
「私なんてさっさと死んだ方がいいと思うんだけどなー」
手すりにもたれながらポツリと呟くと空を仰ぐ。来たときは日の暮れかかった空は赤と青が混ざったような色をしている。そんな私に、レイ君は困ったように笑った。
「まあまあ。誕生日までまだまだ日はあるんだからさ。それにほら、二葉が死ぬまでの四週間は俺がもらったわけだしね」
それはたしかにそうだ。そうなんだけど、でもここに来たところでこうやって喋っているだけで特に何があるわけでもない。
そう思った私の疑問に答えるように、レイ君は口を開いた。
「二葉にはお願いしたいことがあるんだよね」
「お願いしたいこと? 何それ」
「ここってさ、二葉も知ってると思うんだけど有名な自殺スポットでしょ」
レイ君の言葉に私は頷く。
この街に住んでいる人で、知らない人はいない。かつては使われていたらしいこの鉄橋は、いつかの地震でトンネルが埋まってしまいそれっきり使われなくなったそうだ。今ではどこにも行くことのできないこの鉄橋から自殺して、あの世に行く人があとをたたないのだとか。
「っていっても、噂だけだったみたいだけど」
「どうしてそう思うの?」
「だって私がここに通うようになってから、自殺しようとする人なんて一度も見てないから」
「ああ、それは二葉のおかげだよ」
「私の?」
レイ君の言葉の意味がわからず首をかしげる。私のおかげで自殺する人がいないというのはどういうことだろう。別に私は何もしていないし、なんならここに来る人を見かけてすらいないのに。
「この間、二葉もここから飛び降りようとしたよね」
「うん、したね」
「そのときに、もしも先客がいたらどうした?」
「先客?」
「そう。ここに誰かがいて、まあ飛び降りようとしてたり喋ったりしてたら」
「なんとなく気まずいというか……とりあえず別の日にしようって思うかな」
そこまで言って、レイの言いたいことがようやくわかった。つまり、私がここにいたせいで、飛び降りようとした人がここに来ることができなかったと言いたいらしい。
「抑止力ってこと?」
「そういうこと」
「そんなことあるわけないじゃん。少なくとも本当に死のうと思ってたら私がいたって死ぬだろうし、もしここで死ななかったとしても違うところで死ぬだけだよ」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
「どういうこと?」
本格的にレイ君の言っていることが理解できない。そんな私にレイ君は優しく微笑む。
「一瞬でも冷静になれば意外と死なずにすむ人もいるかもしれないってことだよ。二葉だって経験ない? カッとなっているときに思ってもみないことを勢いでやっちゃうこと」
「そりゃ、なくはないけど……」
「あれと一緒でね、やけくそで『もう死んでやる!』って思って本当に死んじゃう人もいる。でも、その一瞬を超えて例えばお腹空いたな、とかあの漫画の続きどうなったっけなんて思ってるうちに少しだけそんな気持ちがそれちゃえるようなそんな人もいるんだよ」
それは、今までレイ君がここで出会ってきた人のことなのだろうか。
「そうやって自殺しようとした人を止めてきたの?」
「――僕に止められるのなんてほんの少しの人だけだよ。そもそも僕に気づいてくれる人だってそういないんだから。だいたいの人は僕が止める声も聞こえないまま、ここから飛び降りていくよ」
レイ君は眉をひそめると、何かを思い出したかのように目を閉じる。
いつからここにいるのかわからないとレイ君は言う。でも、きっとこの場所で何人もの人が命を絶つのを見続けたんだろう。それがどんなに苦しいことなのか、想像するのは難しくない。
「だからさ、僕の声が届かない人に、二葉が声をかけてあげてほしいんだ。声をかけられなくてもいい。ここに二葉がいるだけで思いとどまれる人もいると思うから」
「……思いとどまって、それが本当にその人の幸せになるのかな」
死にたいと思うぐらい思い詰めているのに、思いとどまって現実に戻って、それが本当に幸せなのだろうか。だって、その人の現実は死にたいぐらい辛いもののはずなのに。
「わからない。でも、死ぬ勇気を出すぐらいなら生きるために何かを棄てる勇気も出せると思うから」
「……そうなのかな」
レイ君の言葉が全て正しいかどうかなんて私にはわからない。生きることも死ぬことと同じぐらい辛い人だってきっといると思うから。
少なくとも、今の私は生きることよりも死ぬことの方がずっと幸せだと思う。それが逃げだと言われても、私にとって今、それが最善の選択なんだ。
でも。
「まあここにいるだけでいいなら、別にいいよ」
レイ君の言うとおり、そうじゃない人もいるのかもしれない。誰かがここにいたぐらいで死ぬのをやめるぐらいなら、きっとその人は死なない方がいいのだろう。だってそんな些細なことが、死ねない理由になってしまえるのだから。それは幸せな事だと思うから。
私はレイ君の隣で暗闇に浮かぶ月を見つめる。その月は泣きたいぐらいに綺麗だった。
そろそろ帰ろうか、そう思って立ち上がったとき、私は鉄橋の入り口に誰かがいることに気づいた。その人は、辺りをキョロキョロしながらやってくると、橋の下をジッと見つめていた。
「あれって……」
「ああ、多分そうだと思う。自殺志願者だ」
レイ君が頷いたのを見て、私はそっと足を進めた。その人は手すりに足をかけようとして、やめた。迷っているのかもしれない。
私はさっきのレイ君の言葉を思い出す。私に誰かの自殺を止める抑止力になんて本当になれるのだろうか。レイ君はいてくれるだけでいいと言った。でも……。
「こ、こんばんは」
動揺しているのを隠すように落ち着いて声をかけようと思ったのに、実際に口から出た声はうわずっていて、ガチガチに緊張していますと言わんばかりだった。
でも、目の前のおじさんはそんなこと気にする余裕もないようで、声をかけた私を見て慌てて足を堕ろすと、私の何倍も動揺した声を出した。
「……こんばんは」
うちのお父さんと変わらないぐらいかもう少し年上だろうか。土曜日だというのにスーツを着たその人は、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「ど、どうしたの? こんな時間に、こんなところに女の子が一人でいたら危ないよ」
どうやらレイ君の姿は見えていないらしく、心配そうにそう言った。お酒を飲んでいるのか足下には空になったビールの空き缶が転がっていた。
「もう帰ろうとしてたんです。おじさんはどうしたんですか? こんなところに一人で」
「あ、いや……その……なんていうか」
「まさかと思うんですが、自殺とか……?」
私の言葉に、おじさんが息をのんだのがわかった。レイ君の見立て通り、やはり自殺だった。でもそうなると止めてしまって本当によかったのだろうか。いや、さっきレイ君が言ってたじゃない。本当に死のうとしている人は、私がいてもいなくても自殺するって。
この人が思いとどまったのなら、きっとそれは本気じゃなかったんだ。
「ち、違うよ。ただほら、星が綺麗だったからつい足を止めたんだ」
「本当ですか?」
「……いや、本当は君の言うとおりだよ。ここから飛び降りようとしたんだ」
おじさんは手すりを背もたれにすると、ずるずるとずり落ちるようにして鉄橋に座り込んだ。どうしていいかわからず、でも話を聞いた方がいいだろうと思い、私もその横に腰掛けた。
そんな私におじさんはぽつりぽつりと話し始める。
「おじさんね、こう見えてもちょっと大きい会社で部長をしてたんだ」
「凄いですね」
素直に感嘆の声を上げる。でも、『してたんだ』という言い方が引っかかる。今もその役職についているのであれば『してるんだ』というはずだ。と、いうことは降格させられたかもしくは――。
「でも、先週リストラされちゃってね」
「そう、なんですか」
ああ、やっぱり。そうじゃないかと思った。
うなだれるようにして頭を下げるとおじさんは「ははっ」と小さく力なく笑った。
「この年が来て、リストラなんて情けないね。奥さんにも娘にもなんて言ったらいいか」
「娘さん、いらっしゃるんですか?」
「ああ、君と同じぐらいかな。近くの市立高校の二年生だ」
と、いうことは私の一つ年下だ。中学はもしかしたら一緒かもしれない。でも、それを知ってどうなるというわけでもなかったから詳しく聞くことはやめて「そうなんですか」とだけ相づちを打った。
「正直に言った方がいいのはわかってるんだけど、奥さんにまだ言えなくて……。今日もこうしてスーツを着て、休日出勤のふりをして家を出たんだ。そろそろ帰る時間だと思って歩いてたんだけど、このままいつまでも隠し続けられるわけじゃない。そう思ったらもう飛び込むしかないような気がして」
それで自殺しようとしてたんだ……。
話を聞くだけで胸が痛くなる。リストラされたくてされたわけでもない。働きたくないわけでもない。それでもこうやって仕事を失って、家族に言えず、今命すら失おうとしているなんて。
「でも、やっぱり言った方がいいと思いますよ」
「ああ、そうだよね」
「隠し事あると、よくないですし。できればちゃんと家族と話し合って、今後についても決めなきゃ」
「ああ、そうなんだ。君が言うことは正しい。正しいよ」
しょげかえった声でおじさんは言う。
家族ときちんと話した方がいい、なんてどの口が言うんだとレイ君には思われているかもしれない。私だってこんなことを言っている自分が滑稽だ。人にはいくらでも綺麗事が言えるのに、自分自身は……。
ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない。
もう一押しだ。
もう一押しして、ここから飛び降りるよりも家に帰る方がいいとそう思わせたい。私にしか止めることができないと、そう思うと胸の奥になんとも言いがたい感情がわいてくるのがわかる。
「娘さんは無理でも、とりあえず帰ってから奥さんに話してみたらどうですか? その為の夫婦じゃないですか」
少し前にスマホで読んだ雑誌の受け売りだった。本を読んでそれをなぞった言葉だからか、私が言うその言葉に深みも重みもない。でも、とにかく今はこの人にプラスの気持ちになってもらわなきゃ。自殺しようとした人をとめるって、そういう約束なんだから。
「大丈夫ですって、きっとわかってくれます。それに何か問題があってリストラされたわけじゃないんでしょう? なら、奥さんも『仕方ないわね』って許してくれますよ」
「そうかな……うん、そうだといいね」
「そうとわかったら、帰りましょう。私もちょうど帰るところだから一緒にこの鉄橋から出ましょ。それでお互いに家へと帰るんです。……私も、自宅には帰りたくなけど……でも、頑張って帰るからおじさんも頑張ってください」
おじさんはしばらく迷っているように目を泳がせながら黙り込んでいた。けれど、膝に手を当て立ち上がると「うん」と頷いた。
「君の言うとおりだね……。きちんと奥さんと話し合うよ」
「それがいいと思います。……約束ですよ」
「ああ、約束だ。……話を聞いてくれてありがとね」
おじさんは力なく笑うと、私に手を振って鉄橋を後にした。
レイ君に言われたとおり、自殺する人を止めることができた。これが正解なのかはわからないけれど、あのおじさんの自殺がしたいっていう気持ちは、私に阻まれる程度だったんだ。なら、思いとどまれるのなら、自殺なんてしない方がいい。そう、思いながら私も自宅への道のりを急いだ。
翌日は日曜日だった。朝起きてリビングに向かうと、テレビに見覚えのある鉄橋が映し出されていた。
「なんで……」
テレビの中でキャスターが今朝、川岸に沈んでいる遺体が発見されたと話していた。事件事故の両方で捜査をしていると。
でも、そんなキャスターの声が耳に入らないぐらい、私は画面に釘付けになっていた。そこに映っていた写真の人は――昨日、私と話をしたおじさんだったから。
「どうして……。だって、約束したのに」
奥さんと話をするって、約束だよって言ってたのになんで……?
もしかしたら事件か、酔っていたから事故かもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。だって約束したんだから。
「いってきます」
食欲がなくなった私は、机の上に置かれた牛乳だけ胃に流し込むと家を出た。
足早に鉄橋へと向かう。けれど川岸もそれから鉄橋の上も人がたくさんいて進むことができない。
鉄橋の上でせわしなく動き回る警察の人の横で所在なくポツンと佇むレイ君の姿が見えた。
結局、警察の人が引き上げたのはお昼過ぎだった。最初はたくさんいた野次馬も、警察の人がいなくなると同時にどこかへと散った。
私は、誰もいなくなった鉄橋を走ると、レイ君の元に駆け寄った。
「レイ君!」
「二葉」
「ねえ、今日川で遺体が発見されたって。昨日、私が話をしたおじさんだったってニュースで見て……」
「うん、そうだよ」
「そうだよって……」
取り乱す私と違って、レイ君は落ち着いていた。まるで、全てを知っているかのように。ううん、もしかしたら本当に知っているのかもしれない。
「見てたの?」
「……ああ」
「おじさんが飛び降りるところ、ジッと見てたの!?」
「っ……そうだよ」
「さいってー!」
私は感情のままレイ君を責めた。
「見殺しにしたの!? 私には止めろっていったじゃん! 目の前で死んでいくところをずっと見てたってこと!?」
わかってた。レイ君を見えないあのおじさんのことをどうにかできるはずなかったってことは。でも、それでも私は私が引き留めることができなかったという事実を受け入れられなくて、レイ君を責め続けた。
「どう、して」
「誰かに止められても、それでも死にたい想いをとめられない人もいるんだ。――あのおじさん、飛び降りる寸前に独りごちてた。二葉が引き留めてくれて嬉しかったって」
「じゃあ、なんで……」
「リストラされた自分ができるのは自殺して保険金を家族に渡すことだけだって。家のローンの支払いもなくなって、ある程度まとまったお金を家族に残せるのならそれが自分にとって一番の幸せだって」
「っ……くっ……」
あふれ出す涙が止まらない。あんな上辺だけの言葉じゃなくて、もっと伝えられることはあったんじゃないのか。あれが私じゃなくて、他の人だったならおじさんは死ななかったんじゃないのか。
「泣かないで」
「なんで、レイ君はそんなに、冷静なの……」
「二葉も知ってるだろう。ここは自殺スポットなんだ。何人も何人もここから飛び降りては自分の命を捨てる。そんな姿を俺は何度も何度も見てきてる」
「っ……最低!」
もう一度「最低」と罵ろうと顔を上げた私の目に映ったのは――痛いぐらいに握りしめたレイ君の拳だった。
たしかにレイ君は、ここから何度も飛び降りる人を見てきたのかもしれない。冷静に話ができるぐらい、何度も。
でも、だからといって目の前で人が飛び降りて辛くない人なんているわけがない。少しずつ傷ついている心に、気づかないふりをしているだけで。
「私が飛び降りても、そんな辛そうな顔をするの?」
「するって言ったら飛び降りるの、やめる?」
「やめないけど……」
「だと思った」
レイ君は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「大丈夫、二葉が飛び降りるとき俺は笑顔で見送ってあげるよ」
「バイバイって?」
「そう、次は幸せになってねって」
「優しいのか優しくないのかわかんないや」
死ぬことを応援されているようで複雑な気持ちだ。止められるよりよっぽどいいんだけど。
でも、赤の他人でたった一度話をしたことがあるだけのおじさんが死んであんなにも取り乱されるなら、例えば私が死ねばお父さんやお母さんは少しはショックを受けてくれるだろうか。
そこまで思って、私が自嘲する。二人が感じるそのショックはきっと、移植ができなくなってしまったことによるショックだから。私が大切だからじゃない、私の身体の中にある、お姉ちゃんにあげるためのパーツが大切なんだ。
「じゃあ、俺からも。二葉がここから飛び降りるときは、苦しんだり泣いたりしないで。俺が笑って見送れるようにちゃんと笑って飛び降りて」
「何それ」
「そうじゃないと、見送る俺も辛いでしょ」
「そんなものなの?」
でもまあ、そんな心配は無用だ。私はここから飛び降りることで全てから解放されるんだ。なのに苦しんだり泣いたりするわけがない。
「わかった。笑ってここから飛び降りる」
「約束だよ」
「約束……。あのおじさんも、約束したんだけどなぁ……ちゃんと、家に帰って奥さんと話をするって。ねえ、レイ君。約束ってなんなんだろうね。破っても守らなくてもいいならどうして約束なんてするんだろう」
「わからない。でも、俺は二葉とした約束はまもるよ」
「絶対?」
「絶対」
レイ君は小指を差し出す。つられるようにして私も小指を出したけれど絡まることなく宙を舞う。でも、どうしてか小指に触れる訳のないぬくもりを感じた気がした。