こうなると、その危険は知っているが、理解はしていないのではないかと思えてくる。

「いちいち説教じみたことは言いたくないけどね、命は大事にしなさいよ。先が見えててもね」
 病弱だ、という、小耳に挟んだ程度のことだったが、嫌味でもなく親切めかしてでもなく、忠告を口にする。言われた少年は、少し驚いた顔をした。

「あのな」
 怒るかと思った。けれど少年はにやりと笑う。
「そんなこと、お前に言われなきゃならないことか」
「俺に言う筋合いがなくても、俺は言います」
 何せ、お節介だそうだから、と柾は言う。

「お前さん自身の命を秤にかけるのもあまり、歓迎はできないが、それに増してあんたの従兄弟も勝手に乗せたらいけないよ」
「いいんだよ、それは」
「あんたのそれは、人を殺すのと変わりないよ」
「そうかな」
「正しいこととか、悪いこととか言うものは、最低限、どんな事情があろうとも、許されるものと許されないものがあるだろう」
「慎司を振り回すなっていうことか」
 自嘲気味に、少年は問う。先刻までは楽しげに笑っていたくせに。

「お前に、何が分かるって」
 その声音は、憐憫のようだった。


「綾都」
 後ろから突然声をかけられて、綾都が振り返る。柾が綾都の肩越しに見遣ると、少年が駆け寄ってくるところだった。
 綾都が、大げさに舌打ちをする。

「綾、やっと見つけた」
 辿り着くと、慎司は肩で息をしながら、顔をそらした綾都の前に回りこむ。荒い呼吸で声がはねている。

「綾、お願いだから、戻ろう」
「そんなの、お前が決めるな」
「でも綾、朝より顔色が悪いよ。安静にするようにって、医者に言われてる」
「綾、綾ってうるさいな!」
 容赦のない声が、相手を怒鳴りつけた。

 人々が、遠巻きに見ている。特に町の人間の視線が、集まっている。
 嵐のようだ。くるくると表情が変わる。笑い、疲れ、自嘲し、怒り、思わぬところから風が吹き付ける、気ままな嵐のようだ。

「俺の命だ。どうしようと俺の勝手だ」
「でも綾、それだったらもっと、大事にして」
「お前が言うな」
 再び吐き捨てられる。
「俺にないものを何もかも持っているくせに。何もかもお前が奪ったんだ」
 怒気を向けられ、慎司が声をなくしてしまう。

 言葉を無くし、ただひたすら悲しい表情で、口を閉ざす。苦しそうに呼吸をして、それが更に彼の悲しみを物語っているようだった。
 なんとか唇を開き、喘ぐように、声をだす。

「綾」
「うるさいなあ」
 綾都は顔を背け、さえぎるような大声をあげた。くるりと踵を返す。遠巻きに彼らを見ていた人々を、無言で睨みつけた。

 人々は慌てて目をそらして、そ知らぬふりをする。わざとらしいくらいに、最前までの行動を再開する。その間を縫って、綾都が大またで歩き出した。ハッとした様子で、慎司が彼の背を見る。

「すみません」
 取り残された慎司が、柾と凜に言う。そして、誰にとも無く頭を下げた。
「すみません。お騒がせしました」
 それから、慌てて綾都の後を追う。