「世界で最も美しい印刷本と称され、構想から完成まで五年もの歳月を費やした、書物芸術家ウィリアム・モリスの最高傑作です。『チョーサー著作集』には紙刷と羊皮紙刷がありますが、こちらは紙刷本となります」
きっとこれまでに、何度も同じ説明を繰り返してきたのだろう。それに、スタッフさん自身も勉強を重ねているに違いない。その声には迷いも淀みもなかった。
ケルムスコット・プレスとウィリアム・モリスについては、僕も多少知っている。ウィリアム・モリスが〝理想の書物〟を実現するために行った印刷出版がケルムスコット・プレスだ。本人の理想を実現できたのかまでは知らないけど、〝世界で最も美しい〟とまで言われる印刷本を作ってしまったのだから、その才能も熱意も本物だったのだろう。
その熱意のお値段は、一千万円プラス税金だ。意外なことに、最も美しい印刷本でありながら、『ダンテ著作集』よりも安かった。おそらく発行部数、つまりは希少価値の差ということだろう。それにあっちは、版木も付いているし。
「はう~。やっぱり本物はいいですね。私も、こんな素敵な本を改装してみたいです」
奈津美先輩もご満悦なのか、頬に手を当てて悩まし気に感想を述べている。なんかもう、目がハートマークといった感じだ。
頼みますから、血迷ってガラスケースを破ろうとしないでくださいよ。僕、この歳で前科者になんかなりたくないですから。
僕がハラハラしていると、スタッフさんが興味深げに口を開いた。
「改装……ですか? もしや、お客様は製本をされたことがあるのですか?」
「はい! 私、こう見えても製本家の卵なんです!」
奈津美先輩がスタッフさんに向かって、誇らしげに胸を張った。
「ちなみにこっちの悠里君は、図書館司書志望です。いずれ、ここにある本を買い付けに来るかもしれませんよ!」
返す刀で、なぜか僕まで自慢げに紹介された。恥ずかしいので、今すぐやめてほしい。
ただ、なぜだろう。恥ずかしいことは恥ずかしいのだけど、ちょっとだけうれしかった。
きっとこれまでに、何度も同じ説明を繰り返してきたのだろう。それに、スタッフさん自身も勉強を重ねているに違いない。その声には迷いも淀みもなかった。
ケルムスコット・プレスとウィリアム・モリスについては、僕も多少知っている。ウィリアム・モリスが〝理想の書物〟を実現するために行った印刷出版がケルムスコット・プレスだ。本人の理想を実現できたのかまでは知らないけど、〝世界で最も美しい〟とまで言われる印刷本を作ってしまったのだから、その才能も熱意も本物だったのだろう。
その熱意のお値段は、一千万円プラス税金だ。意外なことに、最も美しい印刷本でありながら、『ダンテ著作集』よりも安かった。おそらく発行部数、つまりは希少価値の差ということだろう。それにあっちは、版木も付いているし。
「はう~。やっぱり本物はいいですね。私も、こんな素敵な本を改装してみたいです」
奈津美先輩もご満悦なのか、頬に手を当てて悩まし気に感想を述べている。なんかもう、目がハートマークといった感じだ。
頼みますから、血迷ってガラスケースを破ろうとしないでくださいよ。僕、この歳で前科者になんかなりたくないですから。
僕がハラハラしていると、スタッフさんが興味深げに口を開いた。
「改装……ですか? もしや、お客様は製本をされたことがあるのですか?」
「はい! 私、こう見えても製本家の卵なんです!」
奈津美先輩がスタッフさんに向かって、誇らしげに胸を張った。
「ちなみにこっちの悠里君は、図書館司書志望です。いずれ、ここにある本を買い付けに来るかもしれませんよ!」
返す刀で、なぜか僕まで自慢げに紹介された。恥ずかしいので、今すぐやめてほしい。
ただ、なぜだろう。恥ずかしいことは恥ずかしいのだけど、ちょっとだけうれしかった。