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 古書の展示即売会は、駅ビルの最上階にある催事場で開かれていた。
 今日は平日とあって、人の入りはまばらだ。その中でも未成年は僕らだけで、妙に目立っているというか、浮いている。スタッフまでこちらを珍しそうに見ている辺り、今日に限らず僕らのような高校生が来ることは稀なのだろう。こんなところに好き好んでやってくる高校生が僕ら以外にいるとも思えないし、仕方ないことだ。

「はう~。見て見て、悠里君! 宝の山よ!」

 一方、奈津美先輩は奈津美先輩で、早くも展示された本に夢中の様子だ。僕らが注目の的になっていることなんて、気が付きもしない。瞳をこれでもかと輝かせ、うっとりした顔で首を回している。

「あ、悠里君! あそこ、三大美書が並んでいるわ! 行ってみましょう!」

「ちょっ! 先輩、そんなに引っ張らないでください」

 奈津美先輩が指差したのは、催事場の一番奥だった。そこには大きなガラスケースが置かれ、いくつかの大きな本が飾られていた。

 この距離であれが三大美書だとわかるなんて、この人の視力は一体いくつなのだろう。
 ともあれ、僕の腕を取った奈津美先輩は、細腕に似合わない馬鹿力で僕を奥へと引っ張っていく。スタッフの方々がこちらを微笑ましそうに見つめているのがわかり、顔から火が出そうになった。

「きゃあ~っ!! 見て見て、アシェンデン・プレスの『ダンテ著作集』よ! すごい! 私、実物見るの初めて!」

 ガラスケースの前まで辿り着いた奈津美先輩が、喜びの悲鳴を上げながらピョンピョン飛び跳ねた。本を見て黄色い声を上げるって、女子高生としてどうなんだろう? 奈津美先輩らしいって言ったら、それまでだけど。

「悠里君、知ってる? 『ダンテ著作集』はね、手作りで丹念な仕事をしたことで有名なアシェンデン・プレスの中でも、最も丁寧に作られた本なの。なんとこの本は、完成までに三年もの歳月を費やした大作なのよ!」

 奈津美先輩が興奮交じりに解説をしてくれる。学校の勉強はからきしだけど、こういう方面の知識に関してはピカイチなのだ。ガイドの代わりをしてくれて、大変助かる。
 僕もまじまじと『ダンテ著作集』を眺めてみるけど、確かに普通の本とは纏っているオーラが違う気がする。一級品の絵画を見た時と同じ感覚だ。心の奥底から、得も言わぬ感動が押し寄せてくる。職人の魂が宿った、工芸芸術の極みのような作品だ。
 そして、本の傍らには冒頭の飾り文字の版木も置かれていた。説明書きを見ると、実際に印刷に使われた版木らしい。

「この本は、全部で百五部しか印刷されていないの。その中でも、実際に売りに出されたのはわずか八十部のみなのよ。刊行部数がすごく少なくて、三大美書の中で最も入手が困難と言われているわ。正にビブリオマニア垂涎の一品なのよ!」

「ほほう。それって、下手な宝石よりもよっぽど価値がありそうですね」

 奈津美先輩の解説を聞きながら、本の近くに置かれたプレートに目を向ける。展示即売会だけあって、本にはそれぞれ値段が書かれたプレートが付いているのだ。

 ちなみに、この本のプレートに書かれたお値段は、本と版木を合わせて約一千六百万円となっている。下手な宝石どころじゃない。お値段も圧倒的だった。奈津美先輩曰く、入手困難でマニア垂涎とのことだから、価格が跳ね上がっているのだろう。本当に、何から何まで規格外の本だ。
 すると、奈津美先輩の蘊蓄を聞きつけたのか、スタッフのひとりが僕らのところへやってきた。