「だからお願いします。もしこのイタズラがもう一回起こったとして、その犯人がわかっても、許してあげてほしいんです」

 奈津美先輩の下げられた頭を見ながら思う。ここまで、この人は何ひとつとして正しい(・・・)ことは言っていない。

 最初に言った「イタズラをあと一回だけ許してください」という言葉は、道義的に間違っている。多くの利用者に迷惑が掛かる行為を見逃すべきではない。

 それに奈津美先輩が語った推理も、証拠がない以上は単なる想像だ。正しい真実ではない。イタズラの犯人は転校しないかもしれないし、このメッセージだって単なる遊びかもしれない。

 そう。論理的に判断すれば、何ひとつ正しくない。イタズラを見逃す理由にはならない。
 けど……なんでかな。正しくないって頭でわかっているのに、正しくあってほしいと願ってしまう。奈津美先輩の言う通り、これが優しいイタズラであってほしいと祈ってしまう。

 だってこれは、図らずも奈津美先輩が僕に与えてくれたきっかけだから。
 たくさんの知識を身につけながら、僕らは思い描く目標へ向かって進んでいく。
 ただ、成長は時として、物事の見え方を凝り固めてしまうことがある。僕がつい先程、自身の知識と経験に固執して、利用者のメッセージに気付けなかったように……。

 そうやって僕が夢を目指す過程で見失いかけていたものを、先輩は取り戻させてくれた気がする。
 図書館司書は本と向き合い、同時に人と向き合う。本が好きなだけではなく、人が好きでなければ務まらない。そんな当たり前で、だからこそふと見過ごしてしまう、大事なことを……。

 こんなものは、単なる理想論なのかもしれない。現実はそれじゃあ務まらない、と言われるかもしれない。
 それでも、僕はもう一度この理想を抱いて司書を目指したい。
 だから、そのためにも奈津美先輩が紡いだ〝推理〟という名の〝物語〟を守りたいと思った。優しさで満ちた先輩の想像が、真実であると信じたかった。
 気が付けば、僕は奈津美先輩と一緒に頭を下げていた。