ねえ、と沖田は言った。

「浜北さなさん、あんたは死んじゃダメだよ。居場所はきっとある。そこにたどり着くまで、不義理だろうが卑怯だろうが何だっていいから、とにかく、死んじゃダメだ」
「……そうなのかな」

「うなずいてよ。山南さんは、数え年三十三で死んだ。あんたは山南さんより長生きしなけりゃダメだ。おれが許さない」
「何それ」

「おれは、あとどれくらい生きられるかわからない。あんたも知ってるだろう? おれの居場所がある時代は、簡単に、あっという間に、たくさんの人が死んでいく時代だ。だから、そのぶん、あんたは生きろ。お願いだ」
「そういう言い方しないでよ。泣きたくなる」

 沖田はそっと笑うと、わたしの背中をぽんぽんと叩き、体を離した。
「おれは、帰らなくちゃ。おれを呼ぶ声が聞こえるんだ。今なら、道に迷わずに帰れると思う」
「そっか」
「預けてた巾着袋、返して」
「うん」

 わたしは袂《たもと》から、金平糖の入った巾着袋を取り出し、沖田に差し出した。沖田はそれを手に取ると、外套を掻き分けて懐に突っ込んだ。

「夜が明けたら、おれを壬生の光縁寺まで連れていってほしい。あそこからの帰り道は、ちゃんとわかる」
 始まりの場所から、もう一度、始める。沖田の目に、戸惑いはない。

「あっちに戻っても、ちゃんと食事を取るようにね。好き嫌いばっかりして、まわりに心配をかけないように」
「はいはい。浜北さんもね。ケガレを拾って抱え込んでばっかりじゃ、命が食いつぶされちまう。そんなのは、おれが許さないから」
「善処する」

 沖田は、にこりと笑った。弓なりの目、口元のえくぼ。剣ダコだらけの硬い手でわたしの手首をつかむと、夜風の中を歩き出す。

「ねえ、おれをこの時代に引き寄せた、このわけのわからない感情って、何だと思う?」

 投げ掛けられた問いに、わたしは一つ、深呼吸をした。
 山南敬助を巡る後悔と未練。沖田総司自身の病がもたらす不安と孤独。急激に変化していく幕末という時代への焦燥と恐怖。
 いろんな理由が絡み合っていただろう。平穏な時代に生まれたわたしには想像もつかないほど、沖田は重いくびきを背負って生きている。

 わたしは一つ、かぶりを振った。
 沖田は前を見据えている。その晴れやかな横顔に、優しくない言葉を贈りたくなかった。

「きみは、ここで過ごして楽しかった?」
「うん、楽しかった」
「じゃあ、そういうことじゃない? 走ったり暴れたり笑ったり、きみの好きなことがいっぱいできて、よかったよね。楽しい夢を見たような気持ちを持って帰れるなら、ただそれだけで、意味なんてほかにいらないんじゃない?」

 沖田は空を仰ぐと、声を立てて笑った。
「そうだね。そういうことにしとこう。おれは、楽しいのが好きだ」

 わたしも空を仰いだ。オリオン座の三つ星のそばを、流星が一つ、駆け抜けていった。