あたり一帯、騒々しさに満ちていた。威嚇の咆哮が空から降ってくる。
 黄金色の豚の群れが、ぐるぐると、宙を舞っている。

 ある豚は牙を振り立て、ある豚は角を怒らせ、ある豚は爪をぎらつかせ、ある豚は筋骨隆々な人間型の体躯に巨大な肉切り包丁を引っ提げ、ある豚は何かもうわけのわからない異形の胴体からヤバそうなガスを噴き出し。
 いずれにせよ猛烈な敵意を込めて人間どもを見下ろしながら、豚の群れは宙を舞っている。

 降りてこようとする豚もいる。だが、術に阻まれて、それはかなわない。
 力ある声が豚を呪縛している。

〈はいは~い、豚ちゃんたちは地上二十メートル、直径三十メートルでぐるぐるしてること! 空中メリーゴーランドから勝手に出ちゃダメだよ~! いい子だね〉

 長江くんだ。にらみ付けるような凄まじい笑みを豚たちに向けている。噴き上がる栄励気に赤毛が逆立って揺らいでいる。

 わたしは切石の背中でうめいた。
「今日はまた盛大だね」
 そして咳き込んだ。

 肺も喉も、絞り上げられるように痛む。咳は血の味と匂いがする。腐ったような、膿んだような匂いもせり上がってくる。
 沖田の肺結核をわたしの体に預かっているせいだ。
 歩くどころか、立っていることさえままならない。切石に背負われてここまで来たが、何度もずり落ちそうになって、そのたびに巡野に支えられた。

 寮のある御蔭通から、高原通を数百メートル北上した地点だ。学生マンションの立ち並ぶ一角に、柴蔵《しばくら》というラーメン屋がある。京都らしい背脂豚骨ラーメンの名店だ。

 柴蔵の表扉は粉々になって散乱している。しっちゃかめっちゃかな店内から、また黄金色の豚が一頭、蛇に変じた尻尾を振り回しつつ外へ飛び出してきた。

 甲高い咆哮とともに、豚は長江くんに襲い掛かろうとする。だが。
〈寄るな〉
 長江くんの一声で宙に吊り上げられた。ぐるぐる回る群れに組み込まれる。

 周囲に人影は少なかった。寮生以外は退避をすませたらしい。高原通も封鎖され、ここに立ち入る車両はない。
 巡野が誰にともなく問うた。
「怪我人はいますか?」

 わたしたちをここへ呼んだ松園くんが、男の割に華奢な肩をすくめた。
「転んですりむいたやつがいた程度だ。大事ない。傷口から妙な栄励気にあてられてもいない。この一帯、建物ごと結界を張った。あとは戦闘部隊が派手にやってくれ」

 柴蔵の階上は学生向けの安アパートになっている。高原通を挟んだ向かいは民家や個人商店、コンビニが並んでいる。
 松園くんを筆頭に、守りの術が得意な寮生がすでに「仕事」に入っていた。各自受け持ちの建物の前に仁王立ちになって、あるいは陣を描いて、あるいは瞑目して呪文を唱えながら、魔除けの結界を展開している。

 栄励気の吹き溜まりである寮に住みたがるのは、わたしみたいな体質の人間ばかりだ。エレルギーがきつく、人工エレキによって利便化された一般的な生活が送れない人間。

 それは別の表現をすると、古来の自然的エネルギーである栄励気の扱いに長けた人間が寮に集まっている、ということでもある。
 だから、寮には「仕事」の依頼が来る。「仕事」の中身は、ざっくり言えば除霊が多い。今回みたいに大掛かりなケースはめったにないけれど。