「僕は自分の気持ちを彼女にぶつけるつもりは毛頭ありません。最後に言いたいことを言えばスッキリとするかもしれません。でもそれは僕のエゴでもあると思うのです。彼女は思いをぶつけられて悩んでしまうかもしれない。こちらはスッキリしたとしても、相手はそうとは限りません」

 こずえのことだ。3年も付き合った僕に、新しく好きな人ができたと言うのであれば、それは別れる覚悟を決めているに違いない。悩んで話をしてきたわけではないのだ。どこか僕が改善する余地があるのであれば、そんな別れ話を持ち出したりはしない。けれどこずえは持ち出した。ならば僕は手も足も出しようがない状況だったということだ。
 そして彼女は泣いていた。しゃくりあげながら、声を殺したくても殺しきれず、僕の目の前で泣きじゃくっていた。それが全ての答えじゃないか。

「すみません、部外者の私がわかったような口を聞いてしまって……」
「いえ、こちらこそすみません。なんかすごい私情なことをこんな真剣に聞いていただいて。今は僕のことよりも凛花ちゃんのことを考えましょう。明日の朝には貼り出すんですよね?」
「あっ、はい。でもそれは追記するだけなので簡単ですから」

 みーこさんは社務所の窓際にある小さな机の上から(すずり)と筆を持ってきた。御朱印の時に使う筆のセットだ。それをちゃぶ台の上に移動させて、さらに窓辺の机の引き出しから紙を取り出した。それはよくよく見てみるとあやかし新聞の原紙だ。

「毎回みーこさんが手書きで書いてたんですね?」
「はい。時々父にお願いしてますが、基本的には私です」

 もしかすると筆文字を使ったパソコンアプリで作成しているのかとも思っていたが、前回の新聞の時とは筆で描かれたネズミのイラストが若干異なっている。それもみーこさんが毎回描きあげているのかと思うと、思わずまじまじと原紙を見つめてしまう。

「手書きの方が味わいが出る気がするので、私はいつも筆で書いてしまうんです。だからちょっと綺麗とは言えないのですが……」
「いえ、十分ですよ。僕も手書きの方が好きです。手紙でもなんでも、手書きのものにはその人らしさがあらわれるような気がするので」

 みーこさんは可愛らしい顔で微笑んだ。愛らしいみーこさんが書く優美な文字。達筆と言ってもいい。書道をきちんと習っていた人の文字だ。