やっと階段を登りきったところで、僕は息が上がっていた。普段オフィスで仕事をしているのがどれほど僕の身体能力をそぎ落としていたのかがわかりやすく浮き彫りになった瞬間だった。

「こりゃ、あのおばあさんだったら登るのは大変だったな」

 おばあさんは腰が曲がっていた。腰が痛いと言っていたくらいだから足だって弱っていただろう。そんな中でこの階段を上がるのは厳しいものがあると僕は痛感した。

 階段を上がりきって、石畳を少し歩くと鳥居の前には石で出来たねずみの置物が左右に置かれている。しかもねずみのくせに玉と巻物をそれぞれが抱えている。

「あれ? 普通ここって狐とか狛犬じゃないっけ?」
「いやいや、(こま)ねずみがいてもいいだろ」

 そんな声が聞こえて、思わず振り返ると、背後からすっと現れたのは全身白の袴を着た子供だ。神社の子供か? と疑問が過ぎったと同時に、この子供よりも気になったのは……。

「なんだ? 狛ねずみって」
「神使のことだよ」

 そう言ってその子供はあの鳥居の両サイドに鎮座しているねずみを指差した。

「神使って、神様に使える動物のことだよね?」

 自分の薄い知識と記憶を引っ張り出し、僕はこの小学生の目線に合わせて腰を折った。

「ねずみとかいるんだな。犬と狐だけかと思ってた」
「なんだ、知識の無い大人だな」

 歯に衣を着せぬとはこのことだ。小学生だからと舐めていたが、なんと教育のなっていない子供だ。
 けれど僕は大人なのでこんなことで声を荒げたりはしない。むしろ取引先の営業マンの方が失礼な輩が多い。そのことを思い出しながら、小学生に怒るなどという大人気ないことをしようとする自分を必死に食い止める。

「神使は他にも色々いるし。鳩だったり猿だったり……そしてこの神社はねずみってだけだろ」
「ふーん、そうなんだ。ありがとう色々教えてくれて。ところでこのお願い事を松の木の麓に結びたいんだけど、どこに結べばいいのかな?」
「依頼か?」

 依頼になるのか、一応。そう思って疑心暗鬼の中、僕は首を縦に振った。すると少年は目を輝かせて手紙に食いついた。

「松ならこっちだ」

 急に子供のあどけなさを見せられ、そんなの子供に手を引かれて神社の鳥居をくぐった。少年は社務所の隣に立つ立派な松の木の麓へと案内しようとするが、僕は鳥居をくぐったところで、足を止めた。

「待って、あれだ。その前に手を洗ってくるよ。それに僕、本殿にも手を合わせてないからさ」

 神社のことに詳しくは無いが、毎年お正月に神社へお参りをする際、母さんがよく言っていた。神社に入るということは、神様のお家に入るということ。しっかり挨拶をしなければならない。

 入り口にある手水舎で手を洗い、口をすすいでから、まず何をするよりも先に本殿に挨拶に行きなさいと。人様の家に上がって、靴を揃えないのは不躾、本人にご挨拶しないのは失礼だとよく言っていた。神社でそれをしないのはそれと同じようなものだと。
 子供の頃からの習慣だ。特に意味はなかったのだけれど、そんないつもの行動をしている僕を見て、少年の瞳は見開かれ、感心の色をその幼い顔に浮かべた。