「神通力が通じるのは半径五メートル以内ですが、神社内では敷地内全てに通じるようなんです」

 みーこさんはさりげなく左右の力についてフォローを入れた。本人がいなくなった後でもフォローをしっかり入れるなんて、なんてできたお嬢さんなんだろうか。社会に出ても立派にやっていく術をすでに身につけていることに僕はいたく感心していた。

「それで私は必要であれば左右と一緒に手紙の差出人の家へと訪問したり、その家の付近を調査しに行ったりしています」

 なんだ。占い調べるなんて摩訶不思議な書き方をしていた上、神通力を使うと言っていたにもかかわらず、やっていることは警察や探偵と変わらないということか。
 手助けできなかったり、探し物を見つけられなかったらごめんなさい。と新聞に書かれていたのは、そのためかと僕は納得していた。
 要は助けれなかった時の保険だ。何せその願い事は足でかせいで見つけるのだから。

「話の大筋は見えてきましたが、その差出人がどの方でどこに住んでいるのかも左右は分かるのですか?」

 この手紙には住所も記載されていなければ、名前もキヨと書かれているだけ。それで手がかりを探すというのはかなり無理があると思うのだが……。

「この辺りは小さなコミュニティーなので名前が書いてあれば、私や父でも大体は予測がつきます。依頼を知ってるくらいなので少なくとも一度は神社にお参りに来られたことのある方なので」
「ではもし、名前がなかったら……?」

 新聞に記載しておくべきだ。手紙を書く際に願い事とともに名前、住所も記載するようにと。
 いや、それをしてしまったら万が一の時、防犯上よくはないか……?

「それが、左右は手紙を見れば持ち主が誰かわかるんです。手紙に念がこもっているらしくって。そしてこの神社の敷地内に足を踏み入れた方であれば左右がその顔を忘れることはないので」
「なるほど」

 左右の力は大して便利だとは思えないけれど、一応役にも立つようだ。けれどそれなら……。

「聞いてる感じですと探し物は左右に任せて、みーこさんは新聞づくりに専念するのが基本的な役割分担なのでしょうか? 僕は一体何を手伝えばいいのでしょう?」

 さっきみーこさんは左右と一緒に家を訪問するとも言っていた。みーこさんが出向く必要はないように思うのだが、それをするのであれば僕が新聞づくりに専念することになる……?

 自慢じゃないが僕が学生だった頃、図画工作は驚くほど素晴らしいものだった。絵を描けばピカソだと称され、工作をすれば斬新なものが出来上がった。それは他のクラスメイトとは一線を期し、類を見ない画期的な作品ばかりだった。
 高校生になった頃、周りはピアスを開ける輩が増えていたが、僕は耳になど穴は開けない。と言うか穴を開けるだけであれば、小学生の頃にとっくに経験済みだ。僕は小学生の家庭科の時間に、耳にではなく指に無数の穴を開けていた。
 それら全て、間違っても絵が下手なわけでも、図面通り工作することができないわけでも、ましてや裁縫ができずに布を縫わず自分の指ばかり針を突き刺していたわけではない。

 周りは僕の出来上がった作品を見ては、批判的な意見を言っていた。成績に関しても地を這うような点数をつけられていたが、芸術とはいつでも生きているうちに評価されないものだというから、僕の才能を理解する者が現れるのはまだまだ先なのだろう。

 そんな僕に新聞を書くのを依頼しているのならば、みーこさんは本当に先見の目がある方だ。素晴らしいったらない。