「もう今年も後半ですけど、それを短いと捉えるか長いと捉えるかで違って来ますよね。もし佐藤さんが後者的に考える方なのであれば、今からもう一つくらい何か新しいことを初めてみるのはどうでしょうね」

 次に子年がやって来るのは12年後だ。そしたら僕は39歳になる。そこから新しいことをするよりも、27歳の今しておく方が心身ともにフットワークが軽いしな。
 干支に関してもそこまで深く考えたことはないが、そうやって自分に喝を入れる動機付けには良いじゃないか。

「そうですね。考えてみます」
「ぜひ!」

 人のことなのに、いつも親身になって考えてくれるみーこさんはやはり女神だ。東京に戻れば僕はきっとみーこさんロスになるんだろうな、なんて思いながら本殿に手を合わせに向かった。

 ちょうど本殿からの帰り、社務所からみーこさんの父親とちょうど鉢合わせた。

「佐藤さん、おはようございます」

 僕はみーこさんの父親と同じように、挨拶をしながら小さく会釈をした。

慎二(しんじ)さん、おはようございます」

 ここに来れるのも残りわずかとなったタイミングで、僕はみーこさんの父親の名前を知った。キヨさんがみーこさんの父親のことを親しげに慎二さんと呼んでいたからだ。
 僕は勝手に慎二さんの名前を知った気になっていたが、初めてキヨさんが慎二さんのことを名前で呼んでいるのを聞いて、ああ、僕はみーこさんの父親のことを知った気になっていたのだと叱咤したほどだ。
 初めて会った時、名乗ってくれていたのはここでの役職である宮司と言われただけだった。いつもみーこさんの隣にいる慎二さんはみーこさんの麗しさに霞んで、気づいていなかったのだ。女神の父親の名前を。
 みーこさん以外に興味がなかったというわけでは決してない。

「お前、本当は興味なかったのだろう」

 そんな声が聞こえた気がして、僕は思わず後ろを振り返る。

「……どうかしましたか?」
「あっ、いえ、気のせいみたいです」

 ねずみ小僧の声は、もう僕には届かないのだ。
 これで僕は晴れて自由だ。言論の自由を満喫できるというものだ。
 結局のところ左右には僕の考えていることが筒抜けだったとしても、僕には異論を唱える煩わしい声が聞こえないのだ。あの蔑むような目も、姿も見えないのだ。
 見えない、聞こえない、のであれば僕からすればないのと同じ。こっちのものだ。