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事故から二ヶ月。
退院して一ヶ月後の検査でも異常はなくて、あたしはすっかり普通の生活を送っていた。
体育の授業も参加しているし、先週おこなわれたマラソン記録会でも完走することができた。
順位は最初から狙ってなんかいなかったから、あまり無理はしなかったけど、最後まで歩かないで走りきった。
結果を出せただけでも体調に自信がついた。
ただ、やっぱり、康輔のことは何の進展もなかった。
それどころか、康輔に関わるものはすべて消えてしまっていた。
中学の卒業アルバムからは写真が消えていたし、何度もお邪魔したことのある康輔の家もなくなっていた。
空き地になっているとかじゃなくて、住宅街の様子が変わっていて、最初からそんな家なんかなかったようになっていたのだ。
運命に逆らおうとするあたしを誰かが見て笑っている。
永遠に続くババ抜き?
ジョーカー?
そんなもの最初から入ってなかっただろ。
じゃあ、あたしたちがやっていたことはいったい何だったのよ。
いつのまに変わっていたんだろう。
永遠にペアのそろわない神経衰弱に。
たどりつこうとすればするほど、そこにあったはずの世界がずれてぼやけていく。
中学の時の先生に会って聞いてみたこともある。
肉まんの買い食いで追いかけられた生徒指導の内藤先生だ。
あたしの事故のことをニュースで知って心配してくれていたみたいけど、やっぱり八重樫康輔という卒業生のことは覚えていないようだった。
あたしの中には、あのあと、康輔に肉まんをおごったとき、二つに割って半分こにした思い出だけは残っているのに、人の記憶からはどんどん消えてなくなっていくのだ。
コンビニで偶然会った地元の友達に聞いても、やっぱり誰も知らなかった。
いろんな人に質問しすぎると、事故であたしがどうかしたんじゃないかと疑われそうだったし、かえって康輔の痕跡が消えていくのがこわかったから、今はもう聞くのはやめていた。
それに、あたしの中でも少しずつ変化が起きていた。
時の流れとともに、ちょっとずつ記憶が薄れていくような気がしていた。
もちろん、どうでも良くなったとか、そういうことではない。
街ですれ違う誰かを康輔と見間違えてしまったり、康輔の夢を見て夜中に飛び起きたりすることもある。
海だかなんだか分からないけど溺れている夢だ。
あたしは何かをつかもうとしている。
でも、その手には何もつかむことはできずに、どんどん深みにはまっていく。
息苦しくて、もがきながら、助けを呼ぼうとすればするほど水が口をふさいでいく。
康輔の名を叫んで目覚めたときには汗だくだ。
冬の朝、シャワーを浴びてから学校へいく。
冷たい体に熱いお湯を浴びながら、あたしは運命とにらみ合う。
あたしのことを笑ってるの?
あきらめないよ。
ズタズタになっても立ち向かってやるからね。
とは言っても、その回数は少しずつ減ってきていたし、人違いだと分かったときのガッカリ具合も、以前よりは軽く受け流せるようになってきていたし、目覚めたときに泣いていることも、だんだん少なくなってきた。
そして、そうやって自分を奮い立たせようとするのも、逆にそうしないと立ち向かう気力がわいてこないからだということも自覚していた。