康輔はいろんなところがもったいない。

 横幅があって背も高いのに、猫背で私服はジャージオンリーだ。

 カタカナの言葉が苦手で、おしゃれカフェでも『フラペチーノ』って注文できない。

『フラッペでいいじゃん』

 おしゃれなドリンクも一瞬で駄菓子屋の真っ赤なかき氷に変身させてしまう。

 ある意味イリュージョンだ。

『しょうがねえじゃん。俺、カタカナで四文字以上の言葉って覚えらんないんだよな。コンビニとかファミレスまでだよ』

『ファミレスは五文字じゃん』

『四文字だろ』

『数えてみなよ』

 めんどくせえ、と文句を言いつつ、指を折って数え始める。

『ファ・ミ・レ・ス。ほら、四文字じゃん』

 もちろん真顔だ。

『小さい『ァ』も一文字に数えるでしょ。フ・ァ・ミ・レ・スで五文字じゃん』

『お前頭いいな』

 全然うれしくないよ。

『あ、でも俺、チョコレートは言えるか。少し長いだろ』

『何文字?』

『チョ・コ・レー・ト。あれ、四文字か』

 六文字だよ。

 じゃんけんで勝っても四歩しか進めないじゃん。

『じゃあ、パイナップルは何文字?』

『パイナポウ? 五文字か?』

 なんで急にネイティブ?

 毎度つっこむのも疲れるよ。

 それに、あいつは『八重樫康輔』という自分の名前にすら文句をつける。

『おまえの名前、うらやましいよな。名字は西谷で俺でも書けるし、下の名前なんて平仮名じゃん』

 そんなことでうらやましがるなよと思ったけど、あいつの事情は深刻だった。

『俺の名前さ、やたらと画数多いじゃん。簡単なのは最初の『八』だけだろ。小学生の時なんか、テストで名前を書くたびにもうそれだけで頭使い切っちゃってさ、問題を解く気力が残ってなかったぜ』

 名前といえば、中学の時の国語もひどかった。

『オツベルと象の作者は?』という問題に、『宮沢清』って答えてた。

 誰よ?

 賢治の親戚?

 理科のテストでは地震の規模を表す言葉を『マグニチョード』って書いてバツがついたのを、真面目に先生に抗議しに行って恥をかいていた。

『あと二点で五十点だったのによ。全然チョード良くなかったぜ』

 そのダジャレで落第でいいよ、もう。

 ほんと、つくづく同じ高校に合格できて良かったと思うよ、うんうん。

 なんか悪口ばっかり言っちゃってるけど、それでもあたしが康輔のそばにいるのは居心地がいいからだ。

 気をつかわなくていいし、素の自分でいられる。