「じゃあ今からクラスごと出発時間をずらして山に登っていきます。頂上についたら自分のクラスの担任の先生のもとに集まるように」

 バスに揺られ二時間。これから上る山のふもとで、学年主任の先生がクラスごと並んだ生徒たちに話をする。

 けれど後ろに立ってる奴らは、こそこそ話をしたりスマホをいじったりで真面目に話を聞かない。

 蔵井先生が適宜注意をして静かにするけど、近くにいるときだけだ。蔵井先生が他の奴らに注意をしに離れたとたん、べらべらと話を始める。

 安堂先生も注意をしているけれど、生徒にのせられるだけで全然ちゃんと注意をしてくれない。それどころか蔵井先生に注意をされている。

 他の登山客はそんな光景を横目に、なだらかな坂道を上って、山へと昇っていく。

 何となくじめじめした気持ちになり、隣の清水照道を見ると軽く咳き込んでいた。

 バスに乗っている間奴は静かにしていたけれど、黙ったわけじゃなかった。

 時折思い出したように私に話しかけ、やれ景色がどうだとかちょっかいをかけてきて、酷く煩わしかった。

 咳き込んでるのもきっと喋りすぎだろうと思うものの、やけに苦しそうだ。奴は私の視線に気付くと変顔をしはじめる。こちらを馬鹿にしているのだろう。くだらない。くたばれ。



 しばらく真っ茶色にそまり、ざらつく地面を睨んでいると、クラスごと、順番に山登りへと出発しはじめた。

 私のクラスは三組だから、三番目だ。

 早く山登りが始まって、隣でにやけ面をするこの男を振り切らなければ。

「じゃあ次は三組~っ」

 学年主任の先生の声掛けで、私のクラスの出発が始まった。

 背負っていたリュックのひもを握りしめ、前を歩く生徒に続いていく。ふもとから頂上までは二つのルートがある。なだらかな坂道が続き、キャンプやハイキング、散歩として近所の人間にも親しまれる緩やかなルート。手ごたえを求めるような、岩や切り立った道、山に沿うような森が混じる厳しいルートだ。

 今回体験学習で登るのは楽なほうだと聞いた。走るのは苦手だけど、坂道程度なら清水照道を振り切れる可能性もある。

 それに出発の時は他の登山客に迷惑をかけない為に、クラスごと分散させただけで、ゴールは皆一緒じゃなくていいらしい。

 登る間に別のクラスの人間たちが混ざって、誰がどこにいるのか分からなくなったあたりで人に紛れ込めば大丈夫なはず。

 見上げると、前のほうを歩く生徒たちは、人と人との間隔がまばらに空きばらけ始めていた。

 一人で黙々と上る生徒もいるけど、三人二人で並んで山登りをしている奴らのほうが圧倒的に多い。

 うんざりしながら足を動かしていると、清水照道はにたにた笑いながら隣を歩いてくる。まだ前の人たちは団子のようにくっついているし、逃げられない。

「萌歌ペース早くない? そんな最初から飛ばして平気? こっから先がきついんじゃん?」

 なんだこの、労わるような物言いは。腹が立つ。

 馬鹿にしているのか。それとも優しくして後から馬鹿にする気なのか。どっちにしてもむかつく。陰キャに山登りは無理だとでも言いたいのだろうか。

 確かに私は体力はないし足も遅いけど、小さいころはよく近所の山をお父さんとお母さんと一緒に登っていた。頂上でお弁当を食べたし、山に登れないわけじゃない。

 清水照道をきつく睨むと、同時に後ろから声がした。