「困った……
ロザリオが壊れてしまったから、退魔は愚かお祈りも出来ない……」
勤に呼び出された仕事の翌日、僕は頭を抱えていた。
愛用のロザリオが壊れてしまい、どうしようか途方に暮れているのだ。
ロザリオに使われていた珠を全て拾い集めることが出来ていたのなら良かったのだけれど、砕け散ってしまってどうしようも無い珠もあったのだ。
長年使っていて力と愛着の籠もったロザリオがもう使えないというのは、非常に残念な事だ。
「ううむ、珠が揃っていれば、匠さんに修理を依頼出来たのにな……」
ふと、匠さんの名を出して思いだした。
実は、悠希には言っていないのだけれど、匠さんは非常に強い魂の持ち主で、彼女が作ったロザリオなら、新品でも、僕が今まで使っていたロザリオと遜色の無い物になるのでは無いかと、そう思った。
愛着。と言う点で言えば新品にそこまですぐに思い入れ出来るかと言われると、それはわからない。けれども、籠もっている力が強ければ、今までとさして変わらず仕事が出来るかも知れない。
何にせよ、今の僕にはチャペルショップで売っているロザリオを購入して、力を込めていくという余裕は無い。
匠さんに制作依頼をするために、スマートフォンを手に取って悠希に電話をかけた。
それから数日後の夕方、匠さんと会うことになった。待ち合わせ場所は、浅草橋の駅前だ。
匠さんにロザリオの制作依頼を受けて貰えることになり、材料を買うのにここで待ち合わせるのが良いだろうと、そう言う話になった。
制服姿の匠さんと駅前で落ち合い、すぐそばにあるレストランに入って詳しい話をする。
「ジョルジュさん、今回ロザリオの制作依頼と言う事ですけど、どんな感じの物が良いとか有りますか?
お祈りに使うのだと思うので、サイズは気にしなくて良いかなーって思ってるんですけど」
「ああ、そうだね、サイズは特に気にしないよ。長くても、短くても構わない。
ただ、お祈りの道具として相応しい物が欲しいね」
軽くやりとりをして、出来ればこの珠に継ぎ足して、違和感なく作ってくれれば良いのだけれど。と壊れてしまったロザリオの珠を見せたら、匠さんの表情が固まった。一体どうしたというのだろう。
「ジョルジュさん、この珠、カ・ドーロですよね?」
「うん? 詳しくはわからないのだけれど、そうなのかい?」
「えっと、これ、ヴィネツィアングラスですよね?」
「ああ、そうだよ。僕が洗礼を受けたとき記念にと、お母様から貰ったんだ」
「先に言いますけど、これと同じ珠は手に入りませんからね」
「え?」
手に入らない? なんということだ、この辺りはビーズを扱っている店が沢山有るからと、そう聞いて来たというのに。
思わずぽかんとしてしまった僕に、匠さんが溜息をついてこう言った。
「そうですね、これと負けないような珠となると、それなりに良い天然石とかになりますね。
ジョルジュさんが良ければ、これからちょっと電車に乗って、お勧めの石屋さん行こうかと思うんですけど。
もしこっちで全部選んで良いのなら、私一人で行きますけどね」
ううむ、石か。確かに、石なら元々力の籠もっている物が多いだろう。
これは素直に匠さんの言う事を聞いた方が良い。そう判断した僕は、一緒に移動することにした。
そして三駅ほど電車に揺られ、案内されたのは駅ビルの中に入っている石屋だった。
どうにも、見た感じパワーストーンのお店のようだね。僕が言うのも何だけれど、こう言ったお店は詐欺まがいの所が有るから少し警戒してしまう。
しかし、お店の中に入ってその不安は消えた。この店にある石は、どれも一定以上の力を持っているように感じたのだ。
僕が少しよそ見をしている間に、匠さんは店員とおぼしき女の子と話をして居る。
「今回、ロザリオを作る石を買いに来たんだけど、良いのあるかな?」
「そうなん?
出来れば使う本人が選ぶのが良いんだけど」
「それもそうだね。
ジョルジュさん、こっち来てどれが良いか選んで下さい」
匠さんに呼ばれ、店の奥に有る石の珠がたくさん入っているケースの前に立つ。するとすぐさまに店員さんから椅子を勧められたので、ケースの前に座った。
目の前のケースには、色とりどりの石が並べられている。
ふむ、どれもきれいだね。どれにするか、僕一人では決めがたい。
「匠さん、どれが元の珠と合う石かな?」
「どれが合うかですか?
うーん、そうだなぁ。さっき預かったビーズと合わせるなら、この緑のと、紫のが合うと思うんですけど」
そう言って匠さんが指さしたのは、柔らかくとろんとした色合いの緑の石と、些か鈍さを感じる不透明な紫色の石。
確かに、僕が元々使っていたロザリオに色合いが近い。それに、紫色の石の方は、特に強い力が籠もっているように見える。
匠さんのお勧め通り、この石にしよう。
慣れた手つきで店員さんが石の珠を取りだし、タオルの上に並べる。
石の名前を聞きながら珠を選んでいると、店員さんがなにやら不思議そうな顔をしているので、どうしたのか。僕は何かおかしな事をしてしまっているのか。それが気になって声を掛ける。
「どうしました?
なにやら変わった物を見ているかのような顔をしてらっしゃいますが」
「いえ、お祈りの道具に使う石を選ぶのに、石の意味とか訊かないんだなと思いまして」
ああ、なるほど。この店には何か御利益を求めて来る人が多いのかな?
僕は別に、石に何か願いを叶えて貰おうとか、そう言うつもりは無いからね。
力の籠もった石が欲しいと言うのは有るけれど、そこまで石の意味にこだわる必要は無い。
「僕は、お祈りに使いやすいロザリオが出来れば、それでいいんです」
「なるほど、そう言う事でしたか」
今までのロザリオから欠けた個数分、しっかりと石を選び、購入する旨を店員さんに伝える。ここで僕が石を購入して、それを匠さんに渡してロザリオにして貰うという事になっているのだ。
「それでは、お会計はこちらで」
そう棚の横にあるレジに案内され、僕は財布を開く。
ふと、悠希のことが頭を過ぎった。
そう言えば、石は予想も付かないような値段が付いていることがある。それは先日実感した。今回選んだ石は地味な石だから、そんなに高額では無いと思いたいのだけれど……
そんな僕の思いとは裏腹に、レジに表示された金額は僕の財布の中身をゆうに超えていたので、心の中で泣きながら、クレジットカードを取り出した。
購入した石を匠さんに渡し、ロザリオの制作を正式に頼んだ。
料金は、手間代と石以外の材料費で受けて貰えることになった。
今回僕がお願いするロザリオは、トップの十字架もキリストの像が付いた物。と言う指定をしているので、少し材料費が余分に掛かってしまうらしい。
確かに、ロザリオに使うような十字架は、チャペルショップで買ってもそれなりにするものだしね、仕方が無い。
「実は」
駅ビルの下りエスカレーターに乗っているときに、匠さんがぽつりと言った。
「オーダーをしてくれたのは、ジョルジュさんが初めてなんです」
「そうなのかい?」
「はい」
後ろを向くと、少し照れたような顔をして、匠さんは俯いている。
「僕は、君の技術を評価しているよ。
自信を持って」
「……はい」
そこまで話したところで、エスカレーターが下の階に到着して。僕は駅へと、匠さんはバス停へと向かっていった。
ロザリオが壊れてしまったから、退魔は愚かお祈りも出来ない……」
勤に呼び出された仕事の翌日、僕は頭を抱えていた。
愛用のロザリオが壊れてしまい、どうしようか途方に暮れているのだ。
ロザリオに使われていた珠を全て拾い集めることが出来ていたのなら良かったのだけれど、砕け散ってしまってどうしようも無い珠もあったのだ。
長年使っていて力と愛着の籠もったロザリオがもう使えないというのは、非常に残念な事だ。
「ううむ、珠が揃っていれば、匠さんに修理を依頼出来たのにな……」
ふと、匠さんの名を出して思いだした。
実は、悠希には言っていないのだけれど、匠さんは非常に強い魂の持ち主で、彼女が作ったロザリオなら、新品でも、僕が今まで使っていたロザリオと遜色の無い物になるのでは無いかと、そう思った。
愛着。と言う点で言えば新品にそこまですぐに思い入れ出来るかと言われると、それはわからない。けれども、籠もっている力が強ければ、今までとさして変わらず仕事が出来るかも知れない。
何にせよ、今の僕にはチャペルショップで売っているロザリオを購入して、力を込めていくという余裕は無い。
匠さんに制作依頼をするために、スマートフォンを手に取って悠希に電話をかけた。
それから数日後の夕方、匠さんと会うことになった。待ち合わせ場所は、浅草橋の駅前だ。
匠さんにロザリオの制作依頼を受けて貰えることになり、材料を買うのにここで待ち合わせるのが良いだろうと、そう言う話になった。
制服姿の匠さんと駅前で落ち合い、すぐそばにあるレストランに入って詳しい話をする。
「ジョルジュさん、今回ロザリオの制作依頼と言う事ですけど、どんな感じの物が良いとか有りますか?
お祈りに使うのだと思うので、サイズは気にしなくて良いかなーって思ってるんですけど」
「ああ、そうだね、サイズは特に気にしないよ。長くても、短くても構わない。
ただ、お祈りの道具として相応しい物が欲しいね」
軽くやりとりをして、出来ればこの珠に継ぎ足して、違和感なく作ってくれれば良いのだけれど。と壊れてしまったロザリオの珠を見せたら、匠さんの表情が固まった。一体どうしたというのだろう。
「ジョルジュさん、この珠、カ・ドーロですよね?」
「うん? 詳しくはわからないのだけれど、そうなのかい?」
「えっと、これ、ヴィネツィアングラスですよね?」
「ああ、そうだよ。僕が洗礼を受けたとき記念にと、お母様から貰ったんだ」
「先に言いますけど、これと同じ珠は手に入りませんからね」
「え?」
手に入らない? なんということだ、この辺りはビーズを扱っている店が沢山有るからと、そう聞いて来たというのに。
思わずぽかんとしてしまった僕に、匠さんが溜息をついてこう言った。
「そうですね、これと負けないような珠となると、それなりに良い天然石とかになりますね。
ジョルジュさんが良ければ、これからちょっと電車に乗って、お勧めの石屋さん行こうかと思うんですけど。
もしこっちで全部選んで良いのなら、私一人で行きますけどね」
ううむ、石か。確かに、石なら元々力の籠もっている物が多いだろう。
これは素直に匠さんの言う事を聞いた方が良い。そう判断した僕は、一緒に移動することにした。
そして三駅ほど電車に揺られ、案内されたのは駅ビルの中に入っている石屋だった。
どうにも、見た感じパワーストーンのお店のようだね。僕が言うのも何だけれど、こう言ったお店は詐欺まがいの所が有るから少し警戒してしまう。
しかし、お店の中に入ってその不安は消えた。この店にある石は、どれも一定以上の力を持っているように感じたのだ。
僕が少しよそ見をしている間に、匠さんは店員とおぼしき女の子と話をして居る。
「今回、ロザリオを作る石を買いに来たんだけど、良いのあるかな?」
「そうなん?
出来れば使う本人が選ぶのが良いんだけど」
「それもそうだね。
ジョルジュさん、こっち来てどれが良いか選んで下さい」
匠さんに呼ばれ、店の奥に有る石の珠がたくさん入っているケースの前に立つ。するとすぐさまに店員さんから椅子を勧められたので、ケースの前に座った。
目の前のケースには、色とりどりの石が並べられている。
ふむ、どれもきれいだね。どれにするか、僕一人では決めがたい。
「匠さん、どれが元の珠と合う石かな?」
「どれが合うかですか?
うーん、そうだなぁ。さっき預かったビーズと合わせるなら、この緑のと、紫のが合うと思うんですけど」
そう言って匠さんが指さしたのは、柔らかくとろんとした色合いの緑の石と、些か鈍さを感じる不透明な紫色の石。
確かに、僕が元々使っていたロザリオに色合いが近い。それに、紫色の石の方は、特に強い力が籠もっているように見える。
匠さんのお勧め通り、この石にしよう。
慣れた手つきで店員さんが石の珠を取りだし、タオルの上に並べる。
石の名前を聞きながら珠を選んでいると、店員さんがなにやら不思議そうな顔をしているので、どうしたのか。僕は何かおかしな事をしてしまっているのか。それが気になって声を掛ける。
「どうしました?
なにやら変わった物を見ているかのような顔をしてらっしゃいますが」
「いえ、お祈りの道具に使う石を選ぶのに、石の意味とか訊かないんだなと思いまして」
ああ、なるほど。この店には何か御利益を求めて来る人が多いのかな?
僕は別に、石に何か願いを叶えて貰おうとか、そう言うつもりは無いからね。
力の籠もった石が欲しいと言うのは有るけれど、そこまで石の意味にこだわる必要は無い。
「僕は、お祈りに使いやすいロザリオが出来れば、それでいいんです」
「なるほど、そう言う事でしたか」
今までのロザリオから欠けた個数分、しっかりと石を選び、購入する旨を店員さんに伝える。ここで僕が石を購入して、それを匠さんに渡してロザリオにして貰うという事になっているのだ。
「それでは、お会計はこちらで」
そう棚の横にあるレジに案内され、僕は財布を開く。
ふと、悠希のことが頭を過ぎった。
そう言えば、石は予想も付かないような値段が付いていることがある。それは先日実感した。今回選んだ石は地味な石だから、そんなに高額では無いと思いたいのだけれど……
そんな僕の思いとは裏腹に、レジに表示された金額は僕の財布の中身をゆうに超えていたので、心の中で泣きながら、クレジットカードを取り出した。
購入した石を匠さんに渡し、ロザリオの制作を正式に頼んだ。
料金は、手間代と石以外の材料費で受けて貰えることになった。
今回僕がお願いするロザリオは、トップの十字架もキリストの像が付いた物。と言う指定をしているので、少し材料費が余分に掛かってしまうらしい。
確かに、ロザリオに使うような十字架は、チャペルショップで買ってもそれなりにするものだしね、仕方が無い。
「実は」
駅ビルの下りエスカレーターに乗っているときに、匠さんがぽつりと言った。
「オーダーをしてくれたのは、ジョルジュさんが初めてなんです」
「そうなのかい?」
「はい」
後ろを向くと、少し照れたような顔をして、匠さんは俯いている。
「僕は、君の技術を評価しているよ。
自信を持って」
「……はい」
そこまで話したところで、エスカレーターが下の階に到着して。僕は駅へと、匠さんはバス停へと向かっていった。