朝夕の風が涼しくなってきたある日のこと、フランシーヌから電話が掛かって来た。
その声はとても痛ましく、悲しみに満ちていた。
「ジョルジュ、実は、琉菜さんが急に高熱を出してしまって入院していますの。
一昨日お見舞いに行きまして、その時にお薬で熱を下げはしたのですけれど、意識が戻らなくて。
私、またお見舞いに行きたいのですけれど、一人で行くのが怖くなってしまって……
もしお仕事の都合が良ければ、一緒に行って下さらないかしら」
琉菜というのは、フランシーヌの大学での友人で、語学が堪能なため、学校では琉菜を頼りにする事も少なくないと聞いた。
そんな頼りにしている友人が入院してしまっては、心配になるだろう。
僕も琉菜とはそれなりに親しくしているので心配だし、悲しんでいるフランシーヌを放っておくことは出来ない。
これからまたお見舞いに行くと彼女が言うので、一緒にお見舞いに行こうと伝え、フランシーヌを迎えに行く準備をした。
フランシーヌの家まで迎えに行き、共に病院へと向かう。琉菜が入院している場所は、ハルが勤める大学病院だった。
とは言え、琉菜のお見舞いに行ったからと言って、ハルと会うとは限らない。そもそも担当医が違うだろうしね。
エレベーターを使い、内科の入院患者が居るフロアへと向かう。
エレベーターを降りてフランシーヌに案内されている間、どの様な病室なのかの話を聞いた。
琉菜が入っている部屋は四人部屋だけれど、今部屋に入っているのは琉菜と、高校生くらいの女の子が一人だけだという。
病室に入ると、確かにフランシーヌが言っていた通り、奥のベッドに琉菜が居て、手前のベッドに女の子が一人居るだけだった。
琉菜の様子を見るために、ベッドの脇にある椅子に腰掛ける。
「ああ、琉菜さん。
眠って居るだけなの?
それとも、まだあれから一度も起きていないの?」
フランシーヌがその華奢な指で、琉菜の頬に触れる。その頬は柔らかさを見せず、まるで凍っているかのように蒼かった。
ふと、僕のスマートフォンにメールが入った。こんな時に仕事が入るなんて。そう思いながらメールを開くと、送信元はハル。相談したいことがあるので、彼の勤める病院に来て欲しいとの事だった。
ハルは今、この病院のどこに居るんだ?
丁度今、ハルの勤める病院に来ていると言う旨と、居る病室の番号をメールに書いて送り返す。すると、数分ほどで、病室のドアを開けてハルがやって来た。
「おや、この患者さんにお見舞いですか」
にこりと笑ってそう言うハルに、フランシーヌが心配そうに声を掛ける。
「先生、彼女の容態は如何ですの?
入院してから一度でも目を覚ましたのかどうか、私気になってしまいまして」
「そうだね。正直に言ってしまうと、僕はその患者さんの担当医ではないから、わからない。けれど、ちょっとそこに居る彼に用事があってね、少し話をしたいんだ」
ハルの話を聞いて、フランシーヌは不思議そうな顔をして僕を見る。
「ジョルジュ、このお医者様とはお知り合いなのかしら?」
「ああ、偶に仕事を回してくれている人だよ」
その説明に、フランシーヌは納得したようだ。彼女も、僕が退魔師をしているというのは知っているから、ハルがなにやら超常的な事に心当たりが有るのだろうと、察したのだろう。
「ジョルジュ、少し二人で話したいから、廊下に出てくれないか」
「ああ、わかった。
フランシーヌ、不安かも知れないけれど、少し待っていておくれ」
そう言い残し、ハルと共に廊下へ出る。
人通りの無い、静かな廊下。そこでハルはこう切り出した。
「どうやら、あの患者は呪いにかけられているようなんだ。
ジョルジュ、君ならなんとか出来ると思ったのだけれど、出来るかな?」
「呪い?
ふむ、何故そう思ったのか、根拠を聞かせて欲しいね」
ハルが元々こう言った話に抵抗がないというのはわかっていたけれども、積極的に出してくるとは思っていなかったので少し驚いた。
そして、ハルが呪いだと思った根拠は、こう言った物だった。
琉菜が救急搬送された際、高熱の原因を調べるために血液検査をしたのだそうだ。すると、血中から普通ならば体内に入らないような雑菌が見つかったのだという。雑菌を抑える為に抗生剤を打ち熱は下がったのだけれど、その後意識だけが戻らない。それでハルはもしやと思ったそうなのだ。
「その雑菌というのがね、どうにも害虫から採った物のようで、もしかしたら『蠱毒』を盛られたのでは無いかと思ったんだよ」
「蠱毒か……」
困ったね。呪われているかどうかは視てみないとわからないけれど、本当に蠱毒だったとして。僕はそれに対応する術を持っていない。
「わかった。呪われているかどうか視てみるよ。ただ、本当に蠱毒だった場合は、僕ではどうにも出来ない。他の同業者を呼ぶことになると思うけれど、それでも良いかな?」
そう断りを入れるとハルは、勿論構わないよ。結果がわかったらまた呼んでおくれ。と言って、その場から去って行った。
病室に戻りフランシーヌに事情を説明し、琉菜に何かが憑いていないかどうかをを視る。すると、微かに虫の羽音が聞こえてきて、琉菜の上に大きな蜂が止まっているのが見えた。
ハルの言った通り、蠱毒か。僕はすぐさまにスマートフォンを出し、勤に電話をかける。蠱毒を祓うのは、慣れているだろう。
勤に用件を話すと、今丁度秋葉原で仕事を済ませてきたと言う事で、すぐにこちらへ向かうとの事だ。
秋葉原からここまで一駅。たかが一駅だが、されど一駅だ。勤が来るまでの間、迂闊なことは出来ないので、ただ見ているしか無い。その時間がもどかしかった。
そして待っていること暫く。実際は数分しか経っていないだろうのに、とても長い時間を過ごしているように感じる。そんな中、病室のドアが開いた。
勤が来たのか。そう思ってドアの方を見ると、入ってきたのは高校生くらいの女の子だった。
困ったな。あまり事情を知らない人間が沢山居る中で除霊をするのは好ましくない。
僕の悩みも余所に、女の子は隣のベッドの患者さんと話している。
親しい人が入院したら、心配になってお見舞いに来るのはわかる。わかるけれども、今はその女の子が早く帰ってくれることを祈るしか無い。
ふと、隣のベッドから小さな声が聞こえた。
「……なんか、虫の羽音が聞こえて、よく眠れないの……」
蠱毒の呪いが、他の患者にも影響を出しているのか。このままでは良くないけれど、僕にはどうしようも無い。
そう思って頭を抱えかけたその時、お見舞いに来ていた女の子が立ち上がって、こちらを向いた。
「うっせぇ黙れ!」
女の子はそう叫んで、琉菜の上に乗っていた大きな蜂を殴り飛ばした。勿論、蜂が見えていないで有ろうフランシーヌは驚いて目を丸くしている。
そこへ、勤がやって来た。
「えーっと、ちょっと事情説明してくれね?」
床に転がって脚をばたつかせている蜂を視て疑問に思ったらしい勤に、ざっくりと事情を説明し、その後勤が取り出したお札で蜂の頭と、胴と、腹を切り離し、除霊完了となった。
あの大きな蜂を消し去ってすぐ、琉菜は目を覚ました。
僕とフランシーヌが側に居たのは嬉しかったようだけれど、勤に関しては、一体誰なのか訊かれてしまって困ったね。
勤は、他の患者のお見舞いに来て、偶々僕が居たから挨拶をしただけだと言い訳をして居たけれど、少し苦しかった気がする。
でも、何はともあれ勤のおかげで琉菜も目を覚ましたし、感謝しているよ。
その声はとても痛ましく、悲しみに満ちていた。
「ジョルジュ、実は、琉菜さんが急に高熱を出してしまって入院していますの。
一昨日お見舞いに行きまして、その時にお薬で熱を下げはしたのですけれど、意識が戻らなくて。
私、またお見舞いに行きたいのですけれど、一人で行くのが怖くなってしまって……
もしお仕事の都合が良ければ、一緒に行って下さらないかしら」
琉菜というのは、フランシーヌの大学での友人で、語学が堪能なため、学校では琉菜を頼りにする事も少なくないと聞いた。
そんな頼りにしている友人が入院してしまっては、心配になるだろう。
僕も琉菜とはそれなりに親しくしているので心配だし、悲しんでいるフランシーヌを放っておくことは出来ない。
これからまたお見舞いに行くと彼女が言うので、一緒にお見舞いに行こうと伝え、フランシーヌを迎えに行く準備をした。
フランシーヌの家まで迎えに行き、共に病院へと向かう。琉菜が入院している場所は、ハルが勤める大学病院だった。
とは言え、琉菜のお見舞いに行ったからと言って、ハルと会うとは限らない。そもそも担当医が違うだろうしね。
エレベーターを使い、内科の入院患者が居るフロアへと向かう。
エレベーターを降りてフランシーヌに案内されている間、どの様な病室なのかの話を聞いた。
琉菜が入っている部屋は四人部屋だけれど、今部屋に入っているのは琉菜と、高校生くらいの女の子が一人だけだという。
病室に入ると、確かにフランシーヌが言っていた通り、奥のベッドに琉菜が居て、手前のベッドに女の子が一人居るだけだった。
琉菜の様子を見るために、ベッドの脇にある椅子に腰掛ける。
「ああ、琉菜さん。
眠って居るだけなの?
それとも、まだあれから一度も起きていないの?」
フランシーヌがその華奢な指で、琉菜の頬に触れる。その頬は柔らかさを見せず、まるで凍っているかのように蒼かった。
ふと、僕のスマートフォンにメールが入った。こんな時に仕事が入るなんて。そう思いながらメールを開くと、送信元はハル。相談したいことがあるので、彼の勤める病院に来て欲しいとの事だった。
ハルは今、この病院のどこに居るんだ?
丁度今、ハルの勤める病院に来ていると言う旨と、居る病室の番号をメールに書いて送り返す。すると、数分ほどで、病室のドアを開けてハルがやって来た。
「おや、この患者さんにお見舞いですか」
にこりと笑ってそう言うハルに、フランシーヌが心配そうに声を掛ける。
「先生、彼女の容態は如何ですの?
入院してから一度でも目を覚ましたのかどうか、私気になってしまいまして」
「そうだね。正直に言ってしまうと、僕はその患者さんの担当医ではないから、わからない。けれど、ちょっとそこに居る彼に用事があってね、少し話をしたいんだ」
ハルの話を聞いて、フランシーヌは不思議そうな顔をして僕を見る。
「ジョルジュ、このお医者様とはお知り合いなのかしら?」
「ああ、偶に仕事を回してくれている人だよ」
その説明に、フランシーヌは納得したようだ。彼女も、僕が退魔師をしているというのは知っているから、ハルがなにやら超常的な事に心当たりが有るのだろうと、察したのだろう。
「ジョルジュ、少し二人で話したいから、廊下に出てくれないか」
「ああ、わかった。
フランシーヌ、不安かも知れないけれど、少し待っていておくれ」
そう言い残し、ハルと共に廊下へ出る。
人通りの無い、静かな廊下。そこでハルはこう切り出した。
「どうやら、あの患者は呪いにかけられているようなんだ。
ジョルジュ、君ならなんとか出来ると思ったのだけれど、出来るかな?」
「呪い?
ふむ、何故そう思ったのか、根拠を聞かせて欲しいね」
ハルが元々こう言った話に抵抗がないというのはわかっていたけれども、積極的に出してくるとは思っていなかったので少し驚いた。
そして、ハルが呪いだと思った根拠は、こう言った物だった。
琉菜が救急搬送された際、高熱の原因を調べるために血液検査をしたのだそうだ。すると、血中から普通ならば体内に入らないような雑菌が見つかったのだという。雑菌を抑える為に抗生剤を打ち熱は下がったのだけれど、その後意識だけが戻らない。それでハルはもしやと思ったそうなのだ。
「その雑菌というのがね、どうにも害虫から採った物のようで、もしかしたら『蠱毒』を盛られたのでは無いかと思ったんだよ」
「蠱毒か……」
困ったね。呪われているかどうかは視てみないとわからないけれど、本当に蠱毒だったとして。僕はそれに対応する術を持っていない。
「わかった。呪われているかどうか視てみるよ。ただ、本当に蠱毒だった場合は、僕ではどうにも出来ない。他の同業者を呼ぶことになると思うけれど、それでも良いかな?」
そう断りを入れるとハルは、勿論構わないよ。結果がわかったらまた呼んでおくれ。と言って、その場から去って行った。
病室に戻りフランシーヌに事情を説明し、琉菜に何かが憑いていないかどうかをを視る。すると、微かに虫の羽音が聞こえてきて、琉菜の上に大きな蜂が止まっているのが見えた。
ハルの言った通り、蠱毒か。僕はすぐさまにスマートフォンを出し、勤に電話をかける。蠱毒を祓うのは、慣れているだろう。
勤に用件を話すと、今丁度秋葉原で仕事を済ませてきたと言う事で、すぐにこちらへ向かうとの事だ。
秋葉原からここまで一駅。たかが一駅だが、されど一駅だ。勤が来るまでの間、迂闊なことは出来ないので、ただ見ているしか無い。その時間がもどかしかった。
そして待っていること暫く。実際は数分しか経っていないだろうのに、とても長い時間を過ごしているように感じる。そんな中、病室のドアが開いた。
勤が来たのか。そう思ってドアの方を見ると、入ってきたのは高校生くらいの女の子だった。
困ったな。あまり事情を知らない人間が沢山居る中で除霊をするのは好ましくない。
僕の悩みも余所に、女の子は隣のベッドの患者さんと話している。
親しい人が入院したら、心配になってお見舞いに来るのはわかる。わかるけれども、今はその女の子が早く帰ってくれることを祈るしか無い。
ふと、隣のベッドから小さな声が聞こえた。
「……なんか、虫の羽音が聞こえて、よく眠れないの……」
蠱毒の呪いが、他の患者にも影響を出しているのか。このままでは良くないけれど、僕にはどうしようも無い。
そう思って頭を抱えかけたその時、お見舞いに来ていた女の子が立ち上がって、こちらを向いた。
「うっせぇ黙れ!」
女の子はそう叫んで、琉菜の上に乗っていた大きな蜂を殴り飛ばした。勿論、蜂が見えていないで有ろうフランシーヌは驚いて目を丸くしている。
そこへ、勤がやって来た。
「えーっと、ちょっと事情説明してくれね?」
床に転がって脚をばたつかせている蜂を視て疑問に思ったらしい勤に、ざっくりと事情を説明し、その後勤が取り出したお札で蜂の頭と、胴と、腹を切り離し、除霊完了となった。
あの大きな蜂を消し去ってすぐ、琉菜は目を覚ました。
僕とフランシーヌが側に居たのは嬉しかったようだけれど、勤に関しては、一体誰なのか訊かれてしまって困ったね。
勤は、他の患者のお見舞いに来て、偶々僕が居たから挨拶をしただけだと言い訳をして居たけれど、少し苦しかった気がする。
でも、何はともあれ勤のおかげで琉菜も目を覚ましたし、感謝しているよ。