浮気を疑っていなかったわけではない。

 職場とアパートの往復しかしていなかった千歳とは違い、行動範囲の広い誠也に、女の影は常につきまとっていた。何度かそのことで、誠也ともめたこともある。
 だけどそのたびに上手い言い訳を並べられ、最終的には許してしまい、ずるずると付き合い続けていた。

 面倒くさい女だと、思われたくなかったから。
 誠也のことが、好きだったから。

「なのにどうしてっ……」

 悔しくて、悲しくて、情けない。

「私がいない間に、女連れ込むなんて……」

 もしかして今までもこんなことをしていたのだろうか。千歳が仕事に行っている間に、あの部屋で女と……

「ひどい……」

 誠也の部屋には戻れない。おまけに仕事もなくなった。あまり関係がよくなかった母とは、大学卒業以来音信不通だ。
 物心がつく前に父親を亡くし、幼い頃よく遊びに行っていた田舎の祖母も去年亡くなり、千歳にはもう帰る場所がない。

 これからいったいどうしたらいいのか……

 コンビニの袋をごそごそとあさる。だけど空のビール缶しか入っていない。

「もうー!」

 ベンチの背に体をあずけ、青白い桜を見上げた。その上には満月よりほんの少し欠けた、白い月。
 その月が、ぼんやりとにじんでいく。

 今日は――人生最悪の日だ。

 千歳は満開の桜と欠け始めた月を見上げ、涙をこぼした。