◇路地裏の亡霊:出題編
「一つ質問していいか?」
飛燕がひとしきりに語り終え、満足そうな表情で話を締めると俺は静かに口を開いた。
さっきの話を聞いて、どうしても聞きたいことがあったからだ。
「なんで稲川○二の口調なんだよ」
喋り方といい、身振り手振りといい、どう見ても怪談で有名なあの人そのものだった。
むしろそっちの方が気になって、話に集中できなかった。
「いや、この手の話って言ったら稲○淳二だろ」
「妙に似てるのが逆にムカつくわね……」
「うん。『ンでぇー』の辺りとか特にそっくりだったよね」
飛燕は質問へ得意げに答えると、柊の呟きに秋海棠が頷いた。
二人が言うように、妙に堂に入っている語り口が何だか腹立たしい。
「と言うかお前、またバイトを増やしたのかよ」
「おうよ! 今度はカラオケ屋でな」
「この時期にまだバイトしてるとか、あんたも相変わらず余裕ねぇ……」
「へへっ、褒めるなって」
「えーっと……多分、褒めてないと思うよ?」
俺たちは既に高校三年生だ。
今はまだ六月だから実感こそ薄いが、夏休み明けからは本格的に志望校を決めて受験勉強に専念しなければならない。
受験生にとってこの夏は分水嶺と言っても過言でなく、そんな大切な時期にバイトを増やす飛燕はある意味では大物かもしれない。
「おいおい、何を言ってんだよ!
この夏は高校生活最後の夏休みなんだぜ?
エターナルサマーだ! 軍資金はたっぷり必要だろ!」
「進路がフリーな、某水泳アニメみたいな言い方しないでよ」
「どっちかと言えば、ラストサマーの方が正しいんじゃないかな?」
そんな俺たちの心配を余所に、満面の笑みで答える飛燕。
ツッコミを受けてもその姿勢を崩さないこいつは本当に人生を楽しんでいるな、と思う。
「いいか、夏と言えば海にプール、それから夏祭りと花火大会。それからバーベキューに肝試し……イベント満載じゃんかよ!」
指折りに夏のイベントを数えながら、飛燕はこれから訪れる夏休みに思いを馳せる。
確かに夏と言えば、行事が目白押しの季節だ。
「そうだ、この面子で海とかどうよ??
せっかくだから泊まりがけでさ!」
「いや悪いが俺は、泊まりはパスの方向で」
盛り上がってきた飛燕は、俺たちに向かって意気揚々と提案をする。
しかし俺はそれに対して、きっぱりと断りを入れた。
「はぁぁぁ――ッ!? なんでだよ!」
「妹の世話があるからな。
流石に一日以上、家を空けるのはマズい」
せっかく描いた未来図を早々に打ち砕かれた飛燕は、大仰な調子で抗議の声を上げる。
「いやいやいやいや、流石に一日か二日くらい大丈夫っしょ」
「馬鹿野郎。俺が居ない間、妹に何かあったらどうするんだよ」
「いくら何でも過保護過ぎだろ……シスコンか!」
「シスコンじゃねぇよ。
これくらい全国でも平均的なレベルだろ」
ご冗談を、と言わんばかりにツッコミを入れてくる飛燕へ、言い聞かせるように答える。
飛燕・柊・秋海棠の三人には、カズラの事情は既に話してある。全て包み隠さず……とまでは言えないが、ある程度の事情までは説明した。
その上でこいつは、まるで気にしないように接してくれている。
いつものように自然体で、決して腫れ物扱いすることなくカズラのことを話題に挙げる。
それが気遣いなのか、はたまた特に何も考えていないのかは分からない。
ただそうやって、引きこもりと言うだけで妹のことを偏見の目で見ることなく、一介の友人の妹として扱ってくれることが、俺には何より嬉しかった。
「えー。ケンゴっちが行かないなら、あたしもパスかなー」
「おいおい、お前もかよ……」
俺とのやり取りを見ていた柊がそう言うと、飛燕は不満そうに顔をしかめる。
「だってさー、千鳥だけだったら一人でナンパとかしてそうじゃん?」
「(ギクッ)」
「ほらー、こいつ絶対にケンゴっち誘って、ナンパに繰り出そうとしてたよー」
「HAHAHA、いやだなお嬢さん。
もちろん、ばっちりエスコートさせて頂きますとも」
「言い訳乙。もっとマシな嘘つきなさいよ」
その言葉が図星だったのか、飛燕はぎくりと表情を強張らせて空々しい棒読みをする。
柊はそれを見て呆れたように、ジト目で非難するように言葉を続けた。
「それにあたしも夏休みはコミットの締め切りがあるから、泊まりがけで遊びに行くような余裕があるか分からないし」
「今やってる原稿がそれなのか?」
「そうそう。今回、新刊を二冊出すことになっちゃってさ……いやー、勢いって怖いね」
ここで話に出たコミットとは、日本最大規模の同人誌即売会のことだ。
夏と冬の年二回に渡って開催され、その入場者の数は五十万人をも越える。
参加サークルは三千五百もあり、柊はその内の一つとしてイベントに参加するらしい。
――どうして俺がそんなことを知ってるかって?
それは前回の冬に、カズラのお使いで参加したからだ。
コミット初参加にして悪夢のような一日だったが、この話は長くなるので割愛しよう。
「でも別に泊まりじゃなくても、みんなでどこか遊びに行きたいよね」
思うように話が進まない飛燕への助け船にか、秋海棠がやんわりと話を切り出す。
「そうだな。
日帰りで行ける範囲くらいならいいかもしれないな」
「あたしも流石に、夏休みが原稿と受験勉強だけじゃ嫌だしね。
せっかくだから、たまにはパーッと遊ぶのもいいかも」
秋海棠の言葉に俺と柊は頷く。
確かにあまり遠出は気が進まないが、日帰りくらいなら俺もみんなと出掛けたいのが本音だ。
そうすれば、カズラにも良い土産話ができるに違いない。
「よーし、決まりだな!
それじゃ、早速どこに行くか予定を――」
一同がようやく乗り気になると、待ってましたと言わんばかりに飛燕が身を乗り出す。
目を爛々と輝かせ、夏休みの予定を話し合おうとするが、不意に言葉を切ってしまう。
「――って、今はそんな話じゃないんだよっ!」
自分で話に乗っておいてその言いぐさもないとは思うが、飛燕はようやくさっきまで『路地裏の亡霊』について話していたのを思い出したようだ。
「いや、別に夏休みの予定は大事なんだけどね。今はこっちの話が重要って話でね……」
「別に変な声を聞いただけだろ?
次からその道を通らなきゃいいだろ」
さっきの話をまとめると、飛燕はバイト帰りに正体不明の声を聞いただけだった。
それならば次からは、その道を通らなければいいだけではないのだろうか。
「勘弁してくれ!
この不気味な感じを放っておけって言うのかよ!?」
投げやりに尋ねると飛燕は、とんでもない! と言わんばかりに首を横に振る。
「それにあの道を通らないと、家までかなり遠回りになっちゃうんだよぉ……これから毎日、って思うと厳しいって」
「じゃあ、我慢して路地裏を通れよ」
「嫌だよ! だって怖いじゃん!」
「じゃあ、遠回りして帰れよ」
「嫌だよ! だって遠回りなんだよ!」
「じゃあ、どうしろってんだよ?」
完全に堂々巡りな押し問答を繰り返していると、うんざりとしながら問いかける。
「だーかーら――今日、一緒に現場に来てくれない?」
「……やっぱり、そうなるのか」
「頼むよー!
オレ以外の人間から見て亡霊なんていないって分かったら、きっと昨日のことは勘違いだって思えるしさ。
な? な??」
顔の前で両手を合わせて拝み倒してくる飛燕を見て、溜め息混じりに呟きを漏らす。
話が出た時から嫌な予感はしていたが、それはこうして現実になってしまったようだ。
「ゴメン、ケンゴっち!
あたし、今日はどうしても部活に顔出さなきゃでさ……」
すぐさま顔の前で両手を合わせ、申し訳なさそうに断りを入れる柊。
救いを求めるように柊と秋海棠へ視線を移すが、流石と言ったところか。
同情で付け込む前に、先制パンチで上手いことはぐらかされてしまった。
「あ、あの……私なら大丈夫、だよ?」
がっくりと肩を落とすと、秋海棠が慌てて声を掛けてくる。
必死に笑顔を作ってはいるが、あまり気乗りしていないことは俺でも分かる。
「秋海棠は本当に優しいな……ありがとう」
そんな気遣いに、思わず心が温まる。
こうやって他人に優しくできることが、秋海棠の良いところだと俺は思う。
「でも、大丈夫だから。
流石に幽霊とまではいかなくても、変質者くらいは出るかもしれないからな。流石に女の子は連れて行けないよ」
秋海棠を気負わせないために、やんわりと断りを入れる。
きっと来いと言えば来てしまう彼女だからこそ、こう言えば納得してくれるだろう。
「そ、そっか……うん、分かった」
意図を察してくれたのか、コクコクと頷く秋海棠。
しかしその顔が僅かにだが、赤いような気がするのは俺の見間違えだろうか?
「よっしゃ!
それじゃ牽牛は放課後、オレと一緒に現場の調査な」
「ったく、仕方ねぇな……」
話はまとまった、と飛燕はパチンと手を叩いて放課後に調査を決行することを告げた。
それに対して、気怠い調子で溜め息をつく。
「で、時間とかはどうするんだ?」
「ちょっとオレは一旦、家に帰って用意したいものがあるんだよな」
「じゃあ一旦、家に帰ってまた待ち合わせにするか?」
「だな。そうするか」
具体的な話をし始めると、それを遮るようにホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
同時に教室でたむろしていた生徒たちが、一斉に各々の席へと戻っていく。
「ヤバッ! じゃあ、またお昼にね!」
「二人とも、またね」
それに倣うように柊と秋海棠も自分の席へと戻っていく。
俺の後ろの席である飛燕もそそくさと席へと座る。
「まあ、細かい話は次の休み時間にでも決めようぜ」
「ああ、そうだな」
そう答えると同時に、教師がドアを開けて教室へと入ってくる。
会話を切り上げて点呼を取る教師に視線を向けて、朝のホームルームを受けるのだった。
「一つ質問していいか?」
飛燕がひとしきりに語り終え、満足そうな表情で話を締めると俺は静かに口を開いた。
さっきの話を聞いて、どうしても聞きたいことがあったからだ。
「なんで稲川○二の口調なんだよ」
喋り方といい、身振り手振りといい、どう見ても怪談で有名なあの人そのものだった。
むしろそっちの方が気になって、話に集中できなかった。
「いや、この手の話って言ったら稲○淳二だろ」
「妙に似てるのが逆にムカつくわね……」
「うん。『ンでぇー』の辺りとか特にそっくりだったよね」
飛燕は質問へ得意げに答えると、柊の呟きに秋海棠が頷いた。
二人が言うように、妙に堂に入っている語り口が何だか腹立たしい。
「と言うかお前、またバイトを増やしたのかよ」
「おうよ! 今度はカラオケ屋でな」
「この時期にまだバイトしてるとか、あんたも相変わらず余裕ねぇ……」
「へへっ、褒めるなって」
「えーっと……多分、褒めてないと思うよ?」
俺たちは既に高校三年生だ。
今はまだ六月だから実感こそ薄いが、夏休み明けからは本格的に志望校を決めて受験勉強に専念しなければならない。
受験生にとってこの夏は分水嶺と言っても過言でなく、そんな大切な時期にバイトを増やす飛燕はある意味では大物かもしれない。
「おいおい、何を言ってんだよ!
この夏は高校生活最後の夏休みなんだぜ?
エターナルサマーだ! 軍資金はたっぷり必要だろ!」
「進路がフリーな、某水泳アニメみたいな言い方しないでよ」
「どっちかと言えば、ラストサマーの方が正しいんじゃないかな?」
そんな俺たちの心配を余所に、満面の笑みで答える飛燕。
ツッコミを受けてもその姿勢を崩さないこいつは本当に人生を楽しんでいるな、と思う。
「いいか、夏と言えば海にプール、それから夏祭りと花火大会。それからバーベキューに肝試し……イベント満載じゃんかよ!」
指折りに夏のイベントを数えながら、飛燕はこれから訪れる夏休みに思いを馳せる。
確かに夏と言えば、行事が目白押しの季節だ。
「そうだ、この面子で海とかどうよ??
せっかくだから泊まりがけでさ!」
「いや悪いが俺は、泊まりはパスの方向で」
盛り上がってきた飛燕は、俺たちに向かって意気揚々と提案をする。
しかし俺はそれに対して、きっぱりと断りを入れた。
「はぁぁぁ――ッ!? なんでだよ!」
「妹の世話があるからな。
流石に一日以上、家を空けるのはマズい」
せっかく描いた未来図を早々に打ち砕かれた飛燕は、大仰な調子で抗議の声を上げる。
「いやいやいやいや、流石に一日か二日くらい大丈夫っしょ」
「馬鹿野郎。俺が居ない間、妹に何かあったらどうするんだよ」
「いくら何でも過保護過ぎだろ……シスコンか!」
「シスコンじゃねぇよ。
これくらい全国でも平均的なレベルだろ」
ご冗談を、と言わんばかりにツッコミを入れてくる飛燕へ、言い聞かせるように答える。
飛燕・柊・秋海棠の三人には、カズラの事情は既に話してある。全て包み隠さず……とまでは言えないが、ある程度の事情までは説明した。
その上でこいつは、まるで気にしないように接してくれている。
いつものように自然体で、決して腫れ物扱いすることなくカズラのことを話題に挙げる。
それが気遣いなのか、はたまた特に何も考えていないのかは分からない。
ただそうやって、引きこもりと言うだけで妹のことを偏見の目で見ることなく、一介の友人の妹として扱ってくれることが、俺には何より嬉しかった。
「えー。ケンゴっちが行かないなら、あたしもパスかなー」
「おいおい、お前もかよ……」
俺とのやり取りを見ていた柊がそう言うと、飛燕は不満そうに顔をしかめる。
「だってさー、千鳥だけだったら一人でナンパとかしてそうじゃん?」
「(ギクッ)」
「ほらー、こいつ絶対にケンゴっち誘って、ナンパに繰り出そうとしてたよー」
「HAHAHA、いやだなお嬢さん。
もちろん、ばっちりエスコートさせて頂きますとも」
「言い訳乙。もっとマシな嘘つきなさいよ」
その言葉が図星だったのか、飛燕はぎくりと表情を強張らせて空々しい棒読みをする。
柊はそれを見て呆れたように、ジト目で非難するように言葉を続けた。
「それにあたしも夏休みはコミットの締め切りがあるから、泊まりがけで遊びに行くような余裕があるか分からないし」
「今やってる原稿がそれなのか?」
「そうそう。今回、新刊を二冊出すことになっちゃってさ……いやー、勢いって怖いね」
ここで話に出たコミットとは、日本最大規模の同人誌即売会のことだ。
夏と冬の年二回に渡って開催され、その入場者の数は五十万人をも越える。
参加サークルは三千五百もあり、柊はその内の一つとしてイベントに参加するらしい。
――どうして俺がそんなことを知ってるかって?
それは前回の冬に、カズラのお使いで参加したからだ。
コミット初参加にして悪夢のような一日だったが、この話は長くなるので割愛しよう。
「でも別に泊まりじゃなくても、みんなでどこか遊びに行きたいよね」
思うように話が進まない飛燕への助け船にか、秋海棠がやんわりと話を切り出す。
「そうだな。
日帰りで行ける範囲くらいならいいかもしれないな」
「あたしも流石に、夏休みが原稿と受験勉強だけじゃ嫌だしね。
せっかくだから、たまにはパーッと遊ぶのもいいかも」
秋海棠の言葉に俺と柊は頷く。
確かにあまり遠出は気が進まないが、日帰りくらいなら俺もみんなと出掛けたいのが本音だ。
そうすれば、カズラにも良い土産話ができるに違いない。
「よーし、決まりだな!
それじゃ、早速どこに行くか予定を――」
一同がようやく乗り気になると、待ってましたと言わんばかりに飛燕が身を乗り出す。
目を爛々と輝かせ、夏休みの予定を話し合おうとするが、不意に言葉を切ってしまう。
「――って、今はそんな話じゃないんだよっ!」
自分で話に乗っておいてその言いぐさもないとは思うが、飛燕はようやくさっきまで『路地裏の亡霊』について話していたのを思い出したようだ。
「いや、別に夏休みの予定は大事なんだけどね。今はこっちの話が重要って話でね……」
「別に変な声を聞いただけだろ?
次からその道を通らなきゃいいだろ」
さっきの話をまとめると、飛燕はバイト帰りに正体不明の声を聞いただけだった。
それならば次からは、その道を通らなければいいだけではないのだろうか。
「勘弁してくれ!
この不気味な感じを放っておけって言うのかよ!?」
投げやりに尋ねると飛燕は、とんでもない! と言わんばかりに首を横に振る。
「それにあの道を通らないと、家までかなり遠回りになっちゃうんだよぉ……これから毎日、って思うと厳しいって」
「じゃあ、我慢して路地裏を通れよ」
「嫌だよ! だって怖いじゃん!」
「じゃあ、遠回りして帰れよ」
「嫌だよ! だって遠回りなんだよ!」
「じゃあ、どうしろってんだよ?」
完全に堂々巡りな押し問答を繰り返していると、うんざりとしながら問いかける。
「だーかーら――今日、一緒に現場に来てくれない?」
「……やっぱり、そうなるのか」
「頼むよー!
オレ以外の人間から見て亡霊なんていないって分かったら、きっと昨日のことは勘違いだって思えるしさ。
な? な??」
顔の前で両手を合わせて拝み倒してくる飛燕を見て、溜め息混じりに呟きを漏らす。
話が出た時から嫌な予感はしていたが、それはこうして現実になってしまったようだ。
「ゴメン、ケンゴっち!
あたし、今日はどうしても部活に顔出さなきゃでさ……」
すぐさま顔の前で両手を合わせ、申し訳なさそうに断りを入れる柊。
救いを求めるように柊と秋海棠へ視線を移すが、流石と言ったところか。
同情で付け込む前に、先制パンチで上手いことはぐらかされてしまった。
「あ、あの……私なら大丈夫、だよ?」
がっくりと肩を落とすと、秋海棠が慌てて声を掛けてくる。
必死に笑顔を作ってはいるが、あまり気乗りしていないことは俺でも分かる。
「秋海棠は本当に優しいな……ありがとう」
そんな気遣いに、思わず心が温まる。
こうやって他人に優しくできることが、秋海棠の良いところだと俺は思う。
「でも、大丈夫だから。
流石に幽霊とまではいかなくても、変質者くらいは出るかもしれないからな。流石に女の子は連れて行けないよ」
秋海棠を気負わせないために、やんわりと断りを入れる。
きっと来いと言えば来てしまう彼女だからこそ、こう言えば納得してくれるだろう。
「そ、そっか……うん、分かった」
意図を察してくれたのか、コクコクと頷く秋海棠。
しかしその顔が僅かにだが、赤いような気がするのは俺の見間違えだろうか?
「よっしゃ!
それじゃ牽牛は放課後、オレと一緒に現場の調査な」
「ったく、仕方ねぇな……」
話はまとまった、と飛燕はパチンと手を叩いて放課後に調査を決行することを告げた。
それに対して、気怠い調子で溜め息をつく。
「で、時間とかはどうするんだ?」
「ちょっとオレは一旦、家に帰って用意したいものがあるんだよな」
「じゃあ一旦、家に帰ってまた待ち合わせにするか?」
「だな。そうするか」
具体的な話をし始めると、それを遮るようにホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
同時に教室でたむろしていた生徒たちが、一斉に各々の席へと戻っていく。
「ヤバッ! じゃあ、またお昼にね!」
「二人とも、またね」
それに倣うように柊と秋海棠も自分の席へと戻っていく。
俺の後ろの席である飛燕もそそくさと席へと座る。
「まあ、細かい話は次の休み時間にでも決めようぜ」
「ああ、そうだな」
そう答えると同時に、教師がドアを開けて教室へと入ってくる。
会話を切り上げて点呼を取る教師に視線を向けて、朝のホームルームを受けるのだった。