弾力性と強度が特徴のテグスで蓋を吊し、フックに括り付けられたテグスを引っ張ることでガムテープの固定は外れる。そうなれば宙に吊されていた蓋は、簡単に閉まる仕組みになっているのが分かる。
「こんな仕掛けを用意した理由は一つ」
 蓋がひとりでに閉まったトリックも解き明かすと、そもそもどうしてこんな仕掛けをするに至ったのかを説明する。
「それは鍵盤を見られたくなかったからだ。実際に演奏をしていないんだから、鍵盤さえ見ればトリックが気付かれる。だから近づいてきた人間を驚かせて、目を眩ませようとしたんだ」
 ピアノの音色はあくまでCDを再生していたもので、実際に鍵盤を弾いて演奏していたわけではない。だからある程度まで近づかれれば、それに気付かれてしまう。
 その予防線として不意を突いて、意識を逸らそうとしたのだろう。
 もちろん、鍵盤を隠す意味合いもあったのかもしれない。
「でもそれは、結果からすれば失敗だったな。何せこのトリックこそが証拠になる」
 この音楽室の怪談に使われたトリックは、今までの怪談とは微妙に異なる。
 ピアノの蓋が閉まるタイミングは、明らかに俺の接近に合わせていた。
 それと同時にコンポの音楽が停止されたのも、それは決して偶然などではない。
 姿ある何者かが。幽霊ではない、誰かが。
 今の音楽室の状況を〝見て〟タイミングを合わせたのだ。
「今回の怪談には、明確な〝仕掛け人〟がいる。渡り廊下も、教室も、この音楽室も、全てそいつが裏で手引きをしていた。そいつはここに来て、ついに尻尾を出したんだ」
 渡り廊下の肖像画。教室の笑い声。そして音楽室のピアノ。
 これらの怪談は人為的に作られた〝人工物〟であることは疑いのない事実だ。
 これらの怪談は、決して偶然によって生み出されたのではない。
 意思を持った何者か。〝仕掛け人〟によって形作られた人為的な産物だ。
「その犯人は――」
 犯人を静かに告げる。
 この紛い物の怪談を。怪談の名を騙った物理法則を。それらを用意した仕掛け人。
 今夜、遭遇した全ての出来事をコントロールしていた人間の名を俺は口にする。
「お前だ、飛燕」
 突きつけた指の先には、俺の友人であり肝試しの発案者――千鳥飛燕の姿があった。