◇妹がオタクになった理由
カズラが引きこもってから俺は、どうにか必死に接点を持とうと努力した。
両親は様子見を選択していたが、俺にはそれが我慢ならなかった。
このままでは妹が、自分の手の届かない場所まで行ってしまう。
そうなれば今までのように、笑い合うこともできなくなる。当時の俺はそう思っていた。
だから積極的に、関わり合いを持とうとした。
毎日おはようやおやすみの挨拶は欠かさずにしたし、カズラの部屋を訪れたりもした。
それでも状況は一向に好転しない。
学校の話題を持ち込まず、どうにか会話を試みたが、やがて俺はネタを切れしてしまったのだ。
妹と何を話せばいいか分からない。
どうすれば気を使わせず、会話に興じればいいかの分からなくなってしまった。
そんな時だ。ふと部屋に転がっている漫画に目がいったのは。
それは昔から好きな作者の最新作で、前の連載作は兄妹で回し読みしてたのを思い出す。
中学に入ってからカズラは勉強に集中するため、漫画の類いはあまり読まなくなってしまったが、今ならば時間が取れて読めるかもしれない。
何より日々を死んだように、ただ無為に浪費している妹に気分転換して欲しくて、俺はその漫画をカズラに貸してみることにした。
「この作者、お前も好きだったろ? これ最新作だから読んでみろよ」
そう言って俺は、妹に漫画を差し出した。
ほんの気まぐれ。特に期待もできないただの思いつき。
万策尽きた末の破れかぶれの作戦だったが、結果としてこの試みは成功した。
「お兄ちゃん……その、貸してもらった漫画……読んだよ。面白かった……」
数日経って部屋を訪れた俺に対して、カズラは僅かに微笑みながらそう言った。
きっとそれは妹が引きこもって以来、初めて見た笑顔だった。
それを見た瞬間、泣き出しそうなくらい嬉しかった。
今までの空々しい上辺だけの会話ではなく、カズラの心からの言葉が聞けたような気がしたからだ。
あの展開は予想外だったとか。
あのキャラは本当に良い奴だったとか。
あのシーンは手に汗握ったとか。
あの終わり方は続きが気になるだとか。
そんな他愛のない、普通の会話で盛り上がることができたのだ。
俺にとってそれは、涙が出そうになるほど嬉しかった。
カズラは家族に迷惑をかけているひきこもりではなく、定家葛という一人の人間として。
俺はそんな妹に気を使っている家族ではなく、定家牽牛という一人の人間として。
俺たちの置かれている重苦しい境遇を忘れて、一切の気負いもなく一介の兄妹として会話を楽しむことができた。
「もしよかったら、他にもお兄ちゃんのオススメの漫画とかあったら読みたいな……」
カズラの希望もあって、それから俺は自分の持っている漫画をカズラの部屋へと持っていくのが日課となった。
本を返す時には本の感想で盛り上がり、やがてそれがゲームや小説へと発展し、カズラはどんどんサブカルチャーに詳しくなっていった。
いつの間にか俺の方がオススメの漫画やゲームを借りるようになり、完全に立場が逆転するようになるまで、それほど時間はかからなかった。
今の時代は本は電子書籍として、ゲームや音楽はダウンロード販売として、実際に店まで行くことなくコンテンツを購入することができる。
一昔前までは考えられないことだが、現代においてそれはスタンダートになりつつある。
そう言った時代の恩恵を受け、カズラのオタク文化への傾倒は進んで行った。
呼吸するようにアニメを流し、義務のようにゲームをプレイする。
漫画やライトノベルは、もはや教科書や参考書と言ってもいい。
フィギュアやポスターは、一級のインテリアとして部屋を彩っている。
ネットスラングは、まるで公用語のように平然と口にしている。
そんな完全無欠なオタクに、妹はなってしまったのだ。
カズラが引きこもってから俺は、どうにか必死に接点を持とうと努力した。
両親は様子見を選択していたが、俺にはそれが我慢ならなかった。
このままでは妹が、自分の手の届かない場所まで行ってしまう。
そうなれば今までのように、笑い合うこともできなくなる。当時の俺はそう思っていた。
だから積極的に、関わり合いを持とうとした。
毎日おはようやおやすみの挨拶は欠かさずにしたし、カズラの部屋を訪れたりもした。
それでも状況は一向に好転しない。
学校の話題を持ち込まず、どうにか会話を試みたが、やがて俺はネタを切れしてしまったのだ。
妹と何を話せばいいか分からない。
どうすれば気を使わせず、会話に興じればいいかの分からなくなってしまった。
そんな時だ。ふと部屋に転がっている漫画に目がいったのは。
それは昔から好きな作者の最新作で、前の連載作は兄妹で回し読みしてたのを思い出す。
中学に入ってからカズラは勉強に集中するため、漫画の類いはあまり読まなくなってしまったが、今ならば時間が取れて読めるかもしれない。
何より日々を死んだように、ただ無為に浪費している妹に気分転換して欲しくて、俺はその漫画をカズラに貸してみることにした。
「この作者、お前も好きだったろ? これ最新作だから読んでみろよ」
そう言って俺は、妹に漫画を差し出した。
ほんの気まぐれ。特に期待もできないただの思いつき。
万策尽きた末の破れかぶれの作戦だったが、結果としてこの試みは成功した。
「お兄ちゃん……その、貸してもらった漫画……読んだよ。面白かった……」
数日経って部屋を訪れた俺に対して、カズラは僅かに微笑みながらそう言った。
きっとそれは妹が引きこもって以来、初めて見た笑顔だった。
それを見た瞬間、泣き出しそうなくらい嬉しかった。
今までの空々しい上辺だけの会話ではなく、カズラの心からの言葉が聞けたような気がしたからだ。
あの展開は予想外だったとか。
あのキャラは本当に良い奴だったとか。
あのシーンは手に汗握ったとか。
あの終わり方は続きが気になるだとか。
そんな他愛のない、普通の会話で盛り上がることができたのだ。
俺にとってそれは、涙が出そうになるほど嬉しかった。
カズラは家族に迷惑をかけているひきこもりではなく、定家葛という一人の人間として。
俺はそんな妹に気を使っている家族ではなく、定家牽牛という一人の人間として。
俺たちの置かれている重苦しい境遇を忘れて、一切の気負いもなく一介の兄妹として会話を楽しむことができた。
「もしよかったら、他にもお兄ちゃんのオススメの漫画とかあったら読みたいな……」
カズラの希望もあって、それから俺は自分の持っている漫画をカズラの部屋へと持っていくのが日課となった。
本を返す時には本の感想で盛り上がり、やがてそれがゲームや小説へと発展し、カズラはどんどんサブカルチャーに詳しくなっていった。
いつの間にか俺の方がオススメの漫画やゲームを借りるようになり、完全に立場が逆転するようになるまで、それほど時間はかからなかった。
今の時代は本は電子書籍として、ゲームや音楽はダウンロード販売として、実際に店まで行くことなくコンテンツを購入することができる。
一昔前までは考えられないことだが、現代においてそれはスタンダートになりつつある。
そう言った時代の恩恵を受け、カズラのオタク文化への傾倒は進んで行った。
呼吸するようにアニメを流し、義務のようにゲームをプレイする。
漫画やライトノベルは、もはや教科書や参考書と言ってもいい。
フィギュアやポスターは、一級のインテリアとして部屋を彩っている。
ネットスラングは、まるで公用語のように平然と口にしている。
そんな完全無欠なオタクに、妹はなってしまったのだ。