「ウチの学校に怪談があるのって知ってるか?」

「怪談?」

 飛燕の言葉に思わず小首を傾げる。

「怪談って……トイレの花子さんとかそう言う類いの話か?」

「そうそう。要はそれのウチ学校バージョンの怪談があるんだよ」

 怪談。
 怖さや怪しさを感じさせる物語の総称。
 その全てに共通しているのは実際に体験したり、人づてに聞いた恐怖体験を語ったものと言う点だ。

「それってもしかして、最近よく聞くアレのこと?」

 飛燕の言葉を聞くと、柊は思い当たる節があるように声を上げた。

「何だ柊も知ってるのか?」

「うん。同じ漫研の子から聞いた話なんだけど――」

 意外に思ったので問いかけると、柊はうーんと唸りながら言葉を続ける。

「何でも夜の音楽室で、ピアノの演奏が聞こえてくるとか」

 柊の話ではある日、漫研の部室に原稿を忘れた部員がいたらしい。

 気付いた時にはもう遅い時間だったが、どうしてもその原稿が必要なその部員はこっそりと学校に忍び込んだらしい。

 部室に置いてあった原稿は無事に回収できたのはいいが、その帰り道に通りがかった音楽室からピアノの演奏が聞こえて来たらしい

「ピアノの演奏? 
それって、誰かが残ってたんじゃないのか?」

「いや、それがさ……遅い時間まで残ってる人がいるなんて珍しい、って思ったその子はバレないようにドアを少し開けて、音楽室の中を覗いてみたらしいんだけど……」

 俺の問いかけに柊は、表情を僅かに陰らせると静かに言葉を続けていく。

「――音楽室の中には誰もいなかったらしいんだって」

「……何だって?」

 言葉の続きを聞くと、思わず眉をひそめてしまう。

 その話が本当ならば、誰もいない音楽室からピアノの演奏は聞こえていたことになる。

「見間違いじゃないのか?」

「ううん。本人もそう思って、今度はドアを完全に開いたらしいんだけど」

 見間違えという線が一番現実味がある、と思った俺は問いかけてみる。

 しかし、柊は首を横に振ってそれを否定した。

「やっぱり、中には誰もいなかったみたい」

 正直、冗談の類いかと思っていたが、柊の表情はどこか鬼気迫っているものがある。

 緊張から僅かに強張った声を聞いていると、嘘を言っているようにも思えない。

「後は渡り廊下の肖像画の話も最近は有名だよね」

 柊の話が一通り終わると、秋海棠が呟くように言う。

「ほら、渡り廊下に歴代の校長先生の肖像画が飾ってあるよね? 
それが夜になると目が光るって話なんだけど……聞いたことない?」

「そっちは割と定番の話だな。俺の通ってた小学校じゃ、ベートーヴェンの肖像画が夜中に笑うって話だったけど」

 こう言った学校における都市伝説。
 街談巷説、道聴塗説の類は、『七不思議』と称されることも多い。
 今回の怪談が七つあるのかは知らないが。

 いつの時代でも学校における怪奇現象は、存在すると言うことかもしれない。

「オレが知ってる限りじゃ、誰もいない夜の教室で笑い声が聞こえるって話もあるな」

 秋海棠に続くように飛燕も、自分の知っている怪談を口にする。

 これも部活帰りに部室の鍵を返しに行った生徒が遭遇した話らしい。

 好奇心から夜の校舎を探検していると、誰かの話し声のような音を聞いたその生徒は音がする教室へ入ってみる。

 しかし、いざ入ってみると教室内には誰もいなくて、話し声も聞こえてこない。
 聞き間違えだと思って帰ろうとした最中、突然背後からケタケタと笑う声が鳴り響いたという。

「――でも後ろを振り返っても、そこには誰もいなかった。
気味が悪くなった生徒は一目散に教室から逃げていったらしいぜ……」

「確かにいきなりそんな声が聞こえてきたらビビるかもな……」

 みんなの話を聞いて、俺は思わず呟きを漏らす。

 俺は確かに心霊現象については、あまり深く考えないスタンスだ。

 幽霊がいようといまいと、俺の人生において何の関係もないと思っているからだ。

 しかしそれがまったく怖くないか? と問われれば、NOと答えるだろう。

 夜の学校で今のような怪談に遭遇してしまったことを考えると、恐怖心は確かに感じる。「でもそんな話、今までは聞いたことないぞ?」

 いくら最近の流行に疎い俺でも、少なくとも約二年以上も通っている学校の怪談が初耳と言うことはないはずだ。
 となればこれらの怪談は、比較的に新しいものだと予想できる。

「うん。そう言えば、確かにそうかも」

 俺の言葉に秋海棠が頷く。

「入学してから今まで、そんな感じの話って聞かなかったよね」

「まあ……もうすぐ夏だから、怪談のシーズンってことでしょ」

 小首を傾げる秋海棠に、柊がざっくばらんな意見を言う。

 確かに今は七月。
 夏休みを目前に控えた、夏真っ盛りなシーズンでもある。

 そこに怪談の関係性をこじつけるのは少し強引とも思えたが、夏と言えば百物語や肝試しのイメージもあるので、あながち的外れというわけでもないのか。

「つーわけでさ……肝試し、やろうぜ?」

 一同が怪談の話題で盛り上がっていると、この機を待ち侘びていたと飛燕がニヤリと笑いながら口にする。

 その表情は悪巧みを企てる悪戯っ子そのものであり、そこに厄介事の気配を感じる。

 ハッキリと言ってしまえば、実に〝嫌な予感〟がするのだ。

「おいおい……それは本気で言ってんのか? 
色々と問題があるような気がするぞ」

 学校で肝試し、と言えば昔から漫画やゲームではお約束の展開だろう。

 しかし実際問題、そんなことが可能なのだろうか?

 学校には警報システムだってあるだろうし、宿直の教師もいるのが普通だ。

 先程の話のように、忘れ物や部活の鍵を返すなどの正当性のある理由があれば話は別だが、流石に『肝試しのために入らせてください』と言うのには無理があるような気がする。