「あの歌……」
陽太は思い出したようにつぶやく。
「気になってたことがあるんだ」
陽太は言った。
「気になってた……?」
呆然としながら、私は陽太を見あげた。
「俺があげたCD、この中に入ってる?」
「うん、入ってるけど……」
「今かけてみていい?」
わけがわからないままうなずく。
陽太が再生ボタンを押し、曲が始まった。
聖が好きだと言って何度も繰り返し聴いた、恋の歌。
「この歌が、どうかしたの?」
この声、と陽太は言った。
「この声、聴き覚えない?」
「え……?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
声……?
聞き覚えがあるかどうかなんて、気にしたこともなかったけれど。
懐かしい声だと思った。どこかで聴いたことがある気が、たしかにした。
そしておじさんは言っていた。
このCDは非売品で、この歌を歌っているのはおじさんの娘だと。
遠い存在だと思っていたひとりの歌手の、面影が、あのとき初めて、ぼんやりと見えた気がした。
だけど髭面のおじさんからこのきれいな声の娘が想像できなかったし、それ以上考えることはしなかった。
「あ……!」
あの店の名前。看板が店名すら見えないほど剥げていたから、いつも「あの店」と言っていた。
昨日、初めて、その名前を意識して見た。
袋ごと聖に渡したから、ここにはないけれど。ビニール袋に印刷されていた文字は、たしかーー

『AKASAKA』

その瞬間、私の中で絡まっていた糸が、ふうっとほどけていく気がした。まるで誰かが、音に乗せてヒントをくれたみたいだった。
私は急かされるように立ち上がり、机の上のCDケースを手に取った。
この赤い花、見覚えがあるーーでもどこで?ーーそうだ、音楽室の、棚の上の鉢植え。真っ赤な花びらーーあの花と同じだ。
あの花の名前を、私はきっと、もう知っている。
このCDのタイトルと同じ、「アマリリス」だ。