お母さんとお父さんに断って、陽太を部屋に連れて行く。あともう少しで10時になるところだ。
「で、誰なんだよ?その聖ってのは?」
すこし膨れて言う陽太は、あからさまに不機嫌そう。
「まあ見てて。もうすぐだから」
時計の針が、10を指した。
「聖、報告があるの」
私は壁に向かって話しだす。
「陽太に、ちゃんと気持ち、伝えたよ。じつはね、今隣に陽太がいるんだ」
「……光里、何やってるんだ?」
陽太が訝しげな目で私を見ている。
気持ちはわかる。壁に向かって意気揚々と話す人を見たら、誰だって心配になると思う。
「だから、この壁の向こうにいるの。聖が」
さっきから何度も説明しているのに、陽太は納得できないらしく、首を捻っている。
「聖?」
聖の声が聞こえない。

ーーほんと?頑張ったね!おめでとう!

そう言って、喜んでくれると思っていたのに。
もしかして、もう寝ちゃった?それとも、まだ帰ってきてない?
しんとしたままの壁を見つめながら、だんだん不安になってきた。
「なあ、光里」
陽太がよくわからないと言いたげな顔で私を見ている。
「ほんとに壁の向こうから声が聞こえたのか?」
「嘘だって言うの……?」
「いや、光里の話は信じてるけど……」
「私、ほんとに毎日壁越しに話してるんだよ。嘘でも夢でもない。聖に話を聞いてもらって、落ち込んだときだっていつも元気づけてくれて、励ましてくれて……」
言い訳のように早口で言う。
大したことしてないよ、って聖は言うかもしれないけれど、これは本当だから。
私は、聖がいたから、陽太に気持ちを伝えることができた。
聖がいなかったら、きっと何も言わず、何も本当のことを知らないまま、ここを離れていたに違いない。
だから、言いたかった。ありがとう。聖のおかげだよって、ちゃんと。
壁の向こうからは、物音ひとつ、聞こえてこない。
夜の「おはよう」も、呑気なあくびも、鼻歌もーー
何も、聞こえてこなかった。