ドアの窓から、ぼんやりと淡い光が漏れていた。
この光はなんだろう……誘われるようにして階段をのぼる。銀色に光るドアを、ゆっくりと押し開ける。
屋上に出た瞬間、息を呑んだ。そこはもう、暗闇ではなかった。夜空に浮かぶ満月。白い月灯りが、屋上を優しく包み込んでいた。
その真ん中に聖がいた。
初めて見る聖は、私が想像していた通りの聖だった。少し長めの髪。白い顔。ほっそりとした体。優しい瞳が、私を見て綻ぶ。
「初めまして。隣の部屋の者です」
と、聖は初めて壁越しに話をしたときに言ったことと同じ口調で言った。
「こちらこそ……は、初めまして」
3ヶ月も毎日話していたのに初めましてなんて、なんだか変な感じ。だけど壁越しに話すのと、直接顔を見て話すのとでは、やっぱり全然違う。
たくさん言葉を用意してきたはずなのに、ドアを開けた瞬間に全部吹き飛んでしまった。それまで頭を占領していた怖さも一緒に。
「聖に、渡したいものがあるの」
そう言って、私は袋を差し出した。
聖は袋を見て目を開き、それから私を見た。
「これ……僕にくれるの?」
私はうなずいた。それから、ぐ、と息を呑む。
「あのね、私、もうすぐここを離れるんだ。そうしたら、聖にあの歌、聴かせてあげられなくなるから」
陽太にもらったものをあげることはできない。
だからーー
「だから、聖へのプレゼント」

……ダメだな、私。
会ったばかりなのに、もう泣きそうだ。
誰かに伝えたいことがあるとき、歌を贈るといいとおじさんは言った。

『いい歌には、何年経っても消えない力があるんだ』

その歌を聴きながら思い浮かべていた人に、気持ちを伝えてほしい。どんなに遠くにいたとしても、諦めないでほしい。
聖は私に、大切なことをたくさん教えてくれたから。
聖の気持ちが、好きな人に届きますように。
それが、今の私の願いだった。