「吹奏楽部のみんなで、結婚祝いの曲をプレゼントすることになったんだって」
「採用してくれたんだ。ありがとう」
「こちらこそ。いい案だしてくれてありがとうってすごい感謝されちゃった」
「頑張ってね」
「私が演奏するんじゃないってば」
「あ、そうか。じゃあ、美咲さんに伝えといて」
聖が笑った。私も笑う。
壁があってよかった。今私がどんな顔をしているのか見られたくなかった。きっと笑いながら泣きだしそうな、ものすごく変な顔してる。

『嫌なことがあった?』

私が少し元気のない声で挨拶しただけで、勘づいた聖。
なんでこういうときに限って何も訊いてくれないんだろう。
……なんて、話す勇気もないくせに、自分勝手なことを考えている私。
「あの歌、聴きたいな」
小さな音楽プレイヤーから流れる聴き慣れたメロディ。
陽太にCDをもらってから、何百回と聴いた歌。歌はどこでも聴ける。

『この歌、好きだなあ』

この壁の向こうにいる人が同じ歌を好きだと言ってくれて、嬉しかった。
私がこの部屋からいなくなったら、聖はこの歌を聴けなくなってしまう。
本当はCDを焼いて、渡すことができたらと思う。でもそれはできない。だって、私たちが会うことはないから。
聖と話す時間が少なくなっていく。最近、聖は11時を過ぎるとあくびをしはじめる。もっと話したいけれど、引き止めるのも悪いからおやすみと言う。
静かになった壁を見つめながら、ため息を吐く。
今日も言えなかった。今日言えなかったのに、明日言えることなんてあるんだろうか。
美咲と本音で話すことができて、少しは変われたと思った。
でも、あのとき話すきっかけを作ってくれたのは、守屋くんだった。何もなかったら、私はきっと、今も嘘をついたままだった。
言わなければ後悔するって、わかってるのに。
結局私は、自分では何ひとつまともにできないんだ。