「……光里、おーい、光里!」
呼ぶ声にハッとして顔をあげると、目の前に美咲の顔。ざわざわしている教室の風景や音がぼんやりして見える。
「あ、なに?」
「なにじゃない。次、移動だよ」
「……うん」
苦笑いを返すと、美咲がしかめ面でじいっと私を見つめる。
「おかしい……」
「へっ?」
「光里がぼーっとしてるのはいつものことだけど、いつも以上におかしい」
「そ、そうかな?いつも通りだよ」
さすが美咲、鋭い……というか、私がわかりやすすぎなのか。
「何かあった?」
「……ううん、なんにも」
首を振って答えると、美咲は「そう」と言って、何と言わなくなった。
……全然、納得はしていなさそうだけど。
美咲には、まだ何も言えていなかった。早く言わなきゃいけないのに。やっと本音で話せたと思ったのに、また隠し事。


『会えるんだから、ちゃんと話したほうがいいよ。後悔する前に』

何度もそう言って背中を押してくれた聖にも、まだ言えていない。
陽太にも、何も言えてない。

『陽太、めちゃくちゃ怒ってた』

怒ってくれて嬉しかったのに。
言いたいことは、たくさんあるのに。
大事なことほど、伝えるのが怖くなる。

7月に入った。まったく身が入らなかった期末テストが終わり、夏休みまであと1週間。いつもなら、1日中涼しい部屋でゴロゴロできると開放感に浸っているところなのに、いまはとてもそんな気持ちになれない。

『母さんと光里に、ついてきてほしいと思ってる』

私の日常は、唐突に終わりを告げられた。
あれから、何度か話をした。

『わかったよ』

そう言うしかなかった。
お父さんもお母さんも、心配そうだったけれど、ホッとしているのがわかった。
結局、私にそんな大きな選択なんてできないことくらい、最初からわかっていた。最初から決まっていたことだったんだ。
心の準備ができないまま、時間だけが過ぎていく。お父さんとお母さんはさっそく向こうに行く準備をし始めたけれど、私は何も手をつけられないまま。
夏休みまであと1週間を切っていた。