「そうだ、恋愛といえば……」
私は今日、美咲に聞いたことを思い出して言った。
『あのね、赤坂先生、夏に結婚するんだって』
まずその情報にびっくりした私は、思わず大声をあげそうになって慌てて口をつぐんだ。
『びっくりだよね。籍入れるまでは指輪はしないけど、あえて言ってないだけで別に秘密にしてるわけじゃないみたい』
『そうなんだ……意外』
あのいつも厳しい赤坂先生に恋人がいるなんて、ちょっと想像できない。
でもーー、
音楽室で見た赤坂先生の横顔。ピアノを弾く白い指先。
ほんの一瞬だったけれど、失恋ソングを弾いていた先生が、泣いているように見えた。
もしかして、先生にも誰か忘れられない人がいるのかなと思っていた。
あれは、私の見間違いだったんだろうか……。
『それでね、部活のみんなでお祝いあげようってことになったんだけど、なかなか意見がまとまらなくて。適当に決めちゃうのは嫌だし、いろんな人の意見も聞いてみようと思って。なんかいい案があったら教えてほしいの。思いついたらでいいからさ』
真面目な美咲らしいな、と思った。
私は部活に入っていないから直接渡すわけじゃないけれど、赤坂先生には幸せになってほしいと素直に思った。最初は苦手だとしか思えなかった先生の印象がこんなに変わるとは、自分でも驚きだ。
でも、考えてみるとは言ったものの、誰かにプレゼントなんて滅多にしないし、花とか無難なものしか思いつかない。すぐに思いつくようなのはすでに出ているだろうし……。
それで、夜になったら聖に相談してみようと思っていたのだ。
「赤坂先生って、音楽のめちゃくちゃ厳しい女の先生のこと?」
「そうそう」
「お世話になってる先生にお祝いか。なんかいいね、そういうの」
と聖は微笑ましそうな声で言った。
「定番は花とかお菓子とかアルバムとか、あと歌とか」
「歌?」
いきなり物じゃないものが出てきて、思わず訊き返した。
「お祝いの歌をみんなで歌うんだ。あ、吹奏楽部なら、歌より演奏かな」
「それいい!」
プレゼントだから、形に残る物ばかり考えていた。でも、形に残らないプレゼントだって、きっと嬉しいと思う。
「誰かが自分のために歌ってくれたり、演奏してくれたりって嬉しいし、その人の心にずっと残ると思うんだ」
聖は言った。
そうだね、と私はうなずく。
「ありがとう。やっぱり、聖に相談してよかった」
「先生が幸せになりますようにって、僕も祈るよ」
「聖も?」
「みんなに幸せになってほしいと思ってるよ。光里にも、美咲さんにも、陽太くんにも、僕の家族にも、みんな」
聖の声は優しかった。
私は笑った。
「なんか神様みたいだね」
「神様はそんなに甘くないんじゃないかなあ」
そう言って、聖はあくびをひとつする。
「……眠くなってきた」
「えっ、もう?」
と言った次の瞬間には、もう声は聞こえなくなった。電話が突然切れるみたいに。でも壁の向こうからはもちろん、電話の電子音も、何も聞こえない。
もう寝ちゃったのかな。もしかして、眠いの我慢して私の話に乗ってくれてたの?
聖と話す時間が日に日に短くなるのを感じていた。
壁越しのやりとりが始まって2ヶ月。
来月には夏休みだ。学校が休みになったら、聖と話せる時間がもう少し長くなるだろうか。
私は今日、美咲に聞いたことを思い出して言った。
『あのね、赤坂先生、夏に結婚するんだって』
まずその情報にびっくりした私は、思わず大声をあげそうになって慌てて口をつぐんだ。
『びっくりだよね。籍入れるまでは指輪はしないけど、あえて言ってないだけで別に秘密にしてるわけじゃないみたい』
『そうなんだ……意外』
あのいつも厳しい赤坂先生に恋人がいるなんて、ちょっと想像できない。
でもーー、
音楽室で見た赤坂先生の横顔。ピアノを弾く白い指先。
ほんの一瞬だったけれど、失恋ソングを弾いていた先生が、泣いているように見えた。
もしかして、先生にも誰か忘れられない人がいるのかなと思っていた。
あれは、私の見間違いだったんだろうか……。
『それでね、部活のみんなでお祝いあげようってことになったんだけど、なかなか意見がまとまらなくて。適当に決めちゃうのは嫌だし、いろんな人の意見も聞いてみようと思って。なんかいい案があったら教えてほしいの。思いついたらでいいからさ』
真面目な美咲らしいな、と思った。
私は部活に入っていないから直接渡すわけじゃないけれど、赤坂先生には幸せになってほしいと素直に思った。最初は苦手だとしか思えなかった先生の印象がこんなに変わるとは、自分でも驚きだ。
でも、考えてみるとは言ったものの、誰かにプレゼントなんて滅多にしないし、花とか無難なものしか思いつかない。すぐに思いつくようなのはすでに出ているだろうし……。
それで、夜になったら聖に相談してみようと思っていたのだ。
「赤坂先生って、音楽のめちゃくちゃ厳しい女の先生のこと?」
「そうそう」
「お世話になってる先生にお祝いか。なんかいいね、そういうの」
と聖は微笑ましそうな声で言った。
「定番は花とかお菓子とかアルバムとか、あと歌とか」
「歌?」
いきなり物じゃないものが出てきて、思わず訊き返した。
「お祝いの歌をみんなで歌うんだ。あ、吹奏楽部なら、歌より演奏かな」
「それいい!」
プレゼントだから、形に残る物ばかり考えていた。でも、形に残らないプレゼントだって、きっと嬉しいと思う。
「誰かが自分のために歌ってくれたり、演奏してくれたりって嬉しいし、その人の心にずっと残ると思うんだ」
聖は言った。
そうだね、と私はうなずく。
「ありがとう。やっぱり、聖に相談してよかった」
「先生が幸せになりますようにって、僕も祈るよ」
「聖も?」
「みんなに幸せになってほしいと思ってるよ。光里にも、美咲さんにも、陽太くんにも、僕の家族にも、みんな」
聖の声は優しかった。
私は笑った。
「なんか神様みたいだね」
「神様はそんなに甘くないんじゃないかなあ」
そう言って、聖はあくびをひとつする。
「……眠くなってきた」
「えっ、もう?」
と言った次の瞬間には、もう声は聞こえなくなった。電話が突然切れるみたいに。でも壁の向こうからはもちろん、電話の電子音も、何も聞こえない。
もう寝ちゃったのかな。もしかして、眠いの我慢して私の話に乗ってくれてたの?
聖と話す時間が日に日に短くなるのを感じていた。
壁越しのやりとりが始まって2ヶ月。
来月には夏休みだ。学校が休みになったら、聖と話せる時間がもう少し長くなるだろうか。