『立入禁止』
階段の前に置かれた黄色い看板が、屋上への入口を塞いでいた。どこか故障しているのか、原因はわからない。といっても、もともとこのマンションの屋上はほとんど使われていなかったけれど。
中学の卒業式以来、屋上には行っていなかった。陽太と一緒に過ごした時間が、あの扉の奥にはたくさんある。苦い思いを押し込んで階段を横切る。
ドアを開けようとしたとき、ちょうど隣の部屋のドアが開いて、女の人が出てきた。全身黒づくめで、年齢不詳の女の人。いつも虚な目でふらふら歩いていて、なんだか不気味な人だと、見かけるたびに思う。
「あ……こんにちは」
頭を下げて挨拶するけれど、まるで私のことなんて見えていないように通り過ぎる。返事はないのはいつものこと。でも無視するのもなんだか気まずくて、形だけの挨拶をしている。
この建物の中で何百人もの人が暮らしている。10年も住んでいるのに、隣の家の人のことすら何も知らない。
知らなくても問題はないと、このときは思っていた。

部屋で宿題をしていると、リビングからお母さんの声。
「光里、ご飯よー」
「……はぁい」
今日の夜ご飯は唐揚げだった。お母さんの唐揚げはいつも巨大で、拳ひとつぐらいある。お母さんいわく「アメリカン唐揚げ」らしい(アメリカの唐揚げだって、こんなに大きくはなかった気がする)。
おいしいから大きくてもいつもペロリと食べてしまうのだけれど、今日は食欲がまったく湧かなかった。
「あら、珍しい。ダイエット?体調が悪いの?」
「……ううん、あんまりお腹減ってなくて」
「そう?若いんだからダイエットなんてダメよー。食べれるときにいっぱい食べなきゃ」
失恋した日に唐揚げをモリモリ食べれるほどタフじゃないよ……なんて、言えるはずもないけど。
ぽっちゃり体型のお母さんは、体重なんて全然気にしていない様子。まるで唐揚げは飲み物とでも言わんばかりに、次々口に放り込んでいく。
「ん~っ、いつもながらおいしいわぁ」
自画自賛しながら唐揚げをパクパク食べるお母さんを眺めながら、なんだか羨ましくなる。
いいなあ。お母さんは悩みなんてなさそうで。

ーーお母さんは、お父さんに好きな人ができたら、どうする?

子どもが引くぐらい仲良しのうちの親に限って、そんなことはないと思うけれど。
誰かに訊いてみたかった。
だけど、本当に、わからないから。
こういうとき、どうすればいいのか。
この苦しい気持ちをどうやったら消せるのか。
全然わからないんだ。