「今日のテスト、よかったわよ」
急に話題が変わって、私は違う意味で戸惑う。
「いつもよりしっかり声が出てたわ。肩の力も抜けているように見えた」
「あ、ありがとうございます」
そんなに見られてだんだ……ピアノを弾きながらそこまで生徒のことを見てるなんて、やっぱりこの人只者じゃない。
でも、友達と先生に立て続けに褒められなんて思いもしなかったから、やっぱり嬉しくなる。
「ちゃんと歌えるんだから、もう口パクはしないようにね」
「……はい」
最後に釘を刺されてしまった。
赤坂先生が、「ふふ」と小さく笑った。その表情から、私は目が離せなくなる。
赤坂先生が笑うところを、初めて見た。笑わない人なんだと勝手に思っていた。
半分空いた窓から風が入り、クリーム色こカーテンが浮き上がる。棚の上の赤い花もふわりと揺れた。
赤坂先生が一瞬視線を窓に逸らして、それからまた私を見た。
「葉山さん。早く教室に戻らないと、次の時間に遅れるわよ」
「は、はいっ」
急に冷静に言われて、私は忘れ物を取りに来たことを思い出す。
自分の座っていた席からファイルを取り出し、頭を下げて廊下に出た。
人の血が通っていないんじゃないかと思うくらい、冷徹な印象で苦手だった赤坂先生。でも、この前のコンクールの日から、知らなかった一面をたくさん知った。動揺したり、笑って褒めてくれたり。
でも、今日は……なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気がした。
ピアノを弾いているときの赤坂先生の瞳が、濡れているように見えたから。