「ちゃんと歌えたじゃん光里」
教室に戻る途中、歩きながら美咲が言った。
「え、歌えてた……?」
私は驚いて言った。
「うん、全然心配する必要なかったね」
テストのときは必死で、ちゃんと歌えたのかどうかもわからなかったけれど……途中から、視線を忘れていた。

ーー苦手、克服できたのかな。

「あ」
美咲の手元のファイルを見て立ち止まる。
「楽譜、音楽室に忘れた……」
「えっ、取ってきなよ」
「うん。ごめん、先戻ってて」
次の音楽室での授業はないのか、廊下は静かだった。
ふと、その静けさの中に、ピアノの音が聴こえた。
流れるような音色。どこか聴き覚えがあるような、切ない感じの……

ーーえ?

その曲に気づいたとき、心臓が止まりそうなほど驚いた。音楽室の前まで来て、そこにいた人を見て、さらに驚く。
流れるようなピアノの音が、風で線が切れたようにピタリと止まった。
音楽室のドアの前で立ち尽くす私と、ピアノを弾いていた人ーー赤坂先生の視線が、重なった。
「葉山さん……どうしたの?」
「先生、その歌、知ってるんですか?」
まさか、と思った。それは、私が毎日聴いている『yuika』の歌だった。ネットで検索しても名前が出てこないほど無名の歌手の曲を、赤坂先生が知っているなんて。
「ええ。思い入れのある曲なの」
と先生は言った。
「私はあなたがこの曲を知っていることに驚いたけど」
「え?」
それ、どういう意味だろう。
尋ねようとしたけれど、赤坂先生は、はぐらかすようにこう言った。