「私ね、美咲と友達になれて、本当によかったと思ってる」
「え、なにいきなり。照れるじゃん」
「本当に。ずっと、言いたかったんだ」
高校に入ったばかりの頃、学校に行くのが怖かった。弥富はるかも周りの子たちとも、幸い卒業とともに離れたけれど、それでも、怖いという気持ちは消えなかった。
私はひとりじゃ何もできなかった。今まで陽太がいたから、友達ができた。でもその友達にも裏切られて、何を信じればいいのかわからなくなった。大好きな陽太でさえ、自分から突き放してしまった。
そんなとき、声をかけてくれたのが、後ろの席になった美咲だった。

『新学期って緊張するよねー。私もなんだ。よかったら友達になってくれる?』

迷いのない言葉と笑顔は、全然緊張なんてしていなさそうに見えた。それでも、同じだと言ってくれたことが、嬉しかった。

『うん……よろしく』

人見知りでほかの誰とも話さなくても、ひとりでも友達がいるということが、心強かった。
2年になって、同じクラスになったときもホッとした。

『光里って、鮫島くんと同中なんだよね?話したりしないの?』

ある日、美咲にそう尋ねられたとき、ドキリとした。
どうして急に、そんなことを訊くんだろう。

『家は近いけど、ほとんど話したことないよ』
『光里は好きな人いる?』

『ううん、いないよ』

本当は、ずっと、言いたかった。陽太とは幼なじみで、小さい頃からずっと一緒で、好きな人なんだって。
大切だから、嘘をつきたくなかったんだ。
「教えてくれてありがとう」
と美咲は微笑んで言った。
うん、と私も照れ臭くなって笑う。
「そういえばさっき、鮫島くんのこと、初めて名前で呼んだね」
「え?そう?」
言われて初めて気づく。
「うんうん。響きに親密さがこもってた。鮫島くんもこの前、光里って叫んでたし」
「ふ、普通に言っただけだけど……」
そんな風に聞こえるとは思わなくて、恥ずかしくなる。
「美咲はどうなの?好きな人とか、いないの?」
この際だからと、勢いで訊いてみた。
「うーん。最近、吹部の副顧問の田中先生がちょっといいなぁって思う」
えへ、と頭を掻きながら照れたように言う美咲。
「えっ、田中先生ってあの、影も髪も薄い田中先生?」
「……光里、何気にひどいね」
「あ、ごめんついびっくりしすぎて」
赤坂先生が厳しすぎるから、おっとりした副顧問の田中先生が神々しく見えるのだという。
それは恋愛とはちょっと違うような……と思うけれど、人の好みはいろいろだから口を挟めない。
「大丈夫。先生結婚してるし、どうなりたいとかも思わないから。こっそり眺めて癒されるだけでいいんだ。やっぱり今は、部活をいちばん頑張りたいし」
そろそろ怒られるから行くね、と美咲が立ち上がる。階段をのぼる後ろ姿を見送りながら、心の重荷がひとつ下りた気がした。
逃げないでよかった。話さなければ、わからなかった。
ようやく一歩、前に踏み出せた気がした。